始まり
窓の隙間から差し込む朝日に小鳥の囀り。戸を開けば吹き込んで来る、自然の匂いを纏った新鮮な空気。いつもと何ら変わりない、平和な朝。
身支度を整えて泊まっている部屋から階下の食堂へと向かう。冒険者が宿泊する宿ってのは、夜遅くまで営業してるってのに朝もそれなりに早いんだから、従業員はいつ休んでるんだか疑問だ。
「おや、リベル。あんたも出る時間かい?」
階段を下りきったところで、厨房から出てきた宿屋の女将と目が合う。朝食はパンに簡単なスープしか提供していないとは言え、冒険者は大飯喰らいだ。
「おかわりなんてないつってんだろ!」
「そんな事言ったって足りねぇもんは足りねぇ! こいつの分も俺によこせ!
俺達のほうが高ランクパーティーなんだからな!」
「はあ!? ふざけんなよ! 上等だコラ、表出ろや!」
「あんたら煩い!! まとめて外に放り出すぞ!!」
はっきり言って身勝手が服を着て歩いているような気質の者が多い冒険者にとって、喧嘩なんて日常茶飯事だ。そんな彼等と互角に渡り合っている従業員もまあ、大方元冒険者だったりする。
穏やかな朝食風景なんてものはなく、罵詈雑言が飛び交う食堂の景色を傍目で見ながら答える。
「そのつもりだよ。昨日ギルドで依頼も受けたしね。」
受けた依頼はどれも採取系で、ダンジョンに潜る必要こそあるものの素材の難易度的にそう高くない。
傀儡師という火力役としても補助役としても中途半端な職業のせいでパーティーに入る事も出来ず、ソロで活動をしてから早くも三年が経過した。
俺の職業―――傀儡師は先に述べたように、薬師や鍛冶師と言った生産職でもありながら、剣士や魔法師と同じく戦闘職でもあるという何とも中途半端な職業だ。能力としては自身が作製或いは契約した人形を意のままに操る事が出来るというもの。能力を極めれば人形が意思や感情を持つことで人間と見紛う程になると言うが、それほどの能力を持つ者は数少ない傀儡師の中でもほんの一握り。それこそ世界中を探しても十本の指にも満たない。それでも俺はその一握りの傀儡師になる事を諦めるつもりは無いし、寧ろこうして傀儡師の職業適性が発現してくれてよかったと思っている。
もう十年以上前の事だが、俺の故郷オリ村に一人の傀儡師が訪れた。小さな清流が流れているだけのこれといった特産品もないような、それでも草花が風の囁きに身を揺らす音が聞こえてくる毎日が緩やかに過ぎていく平和な村。そもそも傀儡師の数が少ないこともあり、村人は傀儡師と連れのあまりに人間離れした美しさを持つ人形を遠巻きに眺めるだけだったが、幼かった俺は恐れ知らずにも街を散策していた人形に近付き話しかけた。
「あのね、ぼくリベル。えっと…」
人形はきょとんとした表情でこちらを見下ろしたかと思うと、直ぐに屈んで視線を合わせて笑いかけてくれた。陽を受けて輝く長髪に、心底嬉しそうな純粋な笑顔。
「こんにちはリベル。僕は―――」
旅の途中だという傀儡師は僅か三日程で村を去ってしまい、俺の手には小指の爪ほどの綺麗な水晶だけが残った。村を去る前日、「僕とこれほど仲良くしてくれたのは君が初めてだよ。」と仲良くなった記念に彼からもらったものだ。透明なそれは、彼の透き通るような青の瞳に少し似ていると思ったことを、今でも覚えている。
「じゃあこれ。気をつけて行ってくるんだよ。」
懐かしい思い出に浸っていたところで、女将がバスケットを手渡してくれる。事前にお金と連絡さえしていれば、バケットに野菜や肉なんかを挟んだ携帯食も提供してくれるんだから、この宿は個人的にとても気に入っている。
「ありがとう。それじゃあ、いってきます。」
ひらひらと手を振って木製のドアから一歩踏み出せば、空に雲一つない晴天だ。
此処は日陰だけど、迷宮に向かうまでの日向は暑いくらいかもしれない。
冒険者4年目の春。今日も絶好の冒険日和だ。




