そんな世界に転生したら俺は誰にだって……⑥
ダリルの動きが止まると、静かにこちらを振り返った。
「……お前、今俺に言ったか?」
感情が消え失せたようにこちらを睨みつけるダリル。えっ、俺がダリルに言ったの? ホントに?
「当たりめーだハゲ……他にいねーだろ」
自分でも驚くほど暗い声で悪態をつき返した。
そうか、やっぱり俺がダリルに言ったんだな。ティマリール神像が壊されることに耐えきれず、どうやら俺はおかしくなってしまったようだ。
拗れたオタクがよく言う「気付いたら周りのヤンキー全員血まみれで倒れてるヤツ」も少し期待したが、こうも思考が回ってしまうと、きっとそうはならないんだろうな。ははは、参ったねこりゃ。
するとダリルは、随分と驚いた表情を浮かべていた。誰かも分からん少年に、急に啖呵を切られたらそりゃ驚くか、とも思ったが、どうも訳が違うらしい。
気が付くと俺たちの周り、この講堂内全体に淡く光る膜のようなものが広がっており、ダリルたち以外の村人たちを包み込んでいた。さっきまで泣き叫んでいた子供たちや大人たちは、光の膜に覆われて静かに寝息を立て始めた。
そして、同じように光の膜を纏ったライラが意識を取り戻した。
「うっ……、あれ? ……何? どうなってるの?」
ノブタに捕まったままで、状況が理解できていないライラは、呻きながら周りを見渡した。しかし誰もが今の状況を理解できず、オスマンもダリルも驚きを隠せていなかった。
「おいっ……これは一体どうなってんだ…!?」
「もしやこれは……いやそんなこと誰が……まさか……!」
倒れ込んでいたオスマンは何かを察したようにこちらを見た。
「マルコ少年! これはお前さんの力か?」
「悪い、……まったく分からん」
場の流れを折るようで申し訳なかったが、あまりの身に覚えのなさで即答してしまった。
この光の膜はあれか、回復魔法みたいなものなのか? そうだとしたら、俺の力であるはずがない。
でも、確か白魔法を唱える声が聞こえたような……。
そんな俺にも分かることがある。俺の中に溢れる、黒く濁り切ったこの怒りをぶつける相手が、幸運にも今、俺の前にいるということだ。
「……っ! マルコさん後ろっ!」
ライラの叫ぶ声に振り返ると、入り口で待機していたリッツが槍を構えて飛び掛かってきた。
白魔法────、風塵理影────、豪虎真拳────
上半身をのけぞらせ、反射的に突きを躱した俺は、そのままの勢いで右手の拳をリッツの顔面に打ち込んだ。人を殴った感触はあったはずだが、あまりにも軽いその感触は俺の拳に全く抵抗せず、地面にめり込むほどの勢いで叩き伏せることができた。
倒れたリッツからは黒い煙があふれ出し、そのままピクピクと痙攣していると、ゆっくりと光の膜が彼を覆った。
「雑魚が……、そのまま一生寝てろや」
何故、奴の攻撃をこんなにも容易く避けられたのか。何故、こんなにも力が溢れてきているのか。自分でも理解が追い付いていない。恐らく白魔法を囁く誰かが────いや、今はそんなことどうでもいい。
「おいハゲ、お前さっき……それを壊そうとしたよな?」
「はっ! 何だよ、それがどうしたってんだ?」
武器も持たずに歩み寄る俺に、ダリルは余裕の笑みが戻っていた。
「お前みたいな厄介がいるから、俺たち善良な一般市民が割を食ってんだ……、黙ってここから消えろ」
「なんだよ、随分とストレートな表現するじゃねぇか……、死にてぇっつーのならすぐにやってやるよ、クソガキ!」
ダリルは俺に向かって武器を構えて駆け出した。しかし、俺には奴の武器に脅威を感じることができず、目の前で振り下ろされるそれに、そのまま手を伸ばした。
白魔法────、黒魔剥滅────
伸ばされた俺の腕をへし折るように、いや、いっそ切断くらいするつもりなんじゃないか、と思えるほどの勢いで振られた棍棒は、俺の手に触れられた部分が、そのまま削られたように消失した。一部が消え去ると武器全体が少しずつ霧散していき、ダリルの手から完全に消え去った。
「なっ、なんだこりゃ!? おいっ、本当にどうなってやがる……!?」
武器が消えた右手と俺を交互に見ては狼狽えるダリルに、今度は俺の方から近付く。
「黒魔法だか魔力だか知らねぇけどな……アンチ風情が周りに迷惑かけんなよっ!」
ダリルの腹部に全力のアッパーを打ち込むと、リッツの時と同様、重みを感じたのは一瞬だった。そのまま振り切ると、ダリルは講堂の隅にまで到達するほどに吹き飛んだ。
まただ、また出所の分からない力が俺に宿っている。動いているのは確かに俺の体だが、誰かが囁く詠唱もあってか、自分の行動という実感が全くない。
最後の一人、ノブタの方に目をやる。ダリルを倒したからか、ライラを拘束していた紐が薄っすらと消えかかっていた。
ノブタは不利な立場であることをすぐに理解したたのか、ライラの首に手を回すと、どこからか備えていた小型ナイフを彼女に突き立てた。
「…………っ!」
動けば女が危ないぞ、とでも言いたげである。しかし、「動くな」の声すら出さないのも気にかかる。。一切言葉を発しないノブタとリッツは、何らかの方法で操られているのだろうか。
「それでも、お前を許す気はねぇぞ。お前らみたいな厄介は、ちゃんと消し去らねぇとな……」
白魔法────、精霊召喚────
俺は右手をノブタにかざしてイメージする。誰かが囁く詠唱を聞けば、自ずと何をするべきか分かった。
目をつぶってイメージする。離れた場所にある人形を、まるで自分の手のように自由に動かすことを。糸のようなもので操るのではなく、俺の意思通りに動く人形を。
そのまま目を開くと、ノブタの頭上に光が立ち込めた。そこから少しずつ輪郭が生まれ現れたのは、人形にしては美しく、天使にしては不気味さを放つ存在。
ライラたちにもそれが見えていたようで、彼女はまさに幽霊でも見たように驚愕した。
「まさかこれは……精霊召喚!? こんな伝説みたいな魔法……これもマルコさんが!?」
「いや……ごめん、全っ然分からん」
一応断りだけ入れると、精霊と言われたそれは完全に顕現し、ノブタを抱きしめるように降り立った。直後、ノブタの体に閃光が走ると、感電したかのように泡を吹きながら、その場に倒れこんでしまった。
そして再び黒い煙が噴き出し、全てが出切ったあたりで、周りを漂う光の膜がノブタの体にまで広がった。