そんな世界に転生したら俺は誰にだって……④
子供たちと一緒にいると、入り口辺りが妙にざわつき始めた。講堂内の数少ない大人たちは、みんなして視線をそちらに向けており、やたらと小声で話し合っている。
すると、一人の少女がこちらに近寄ってきて、助けを求めるように俺を見上げた。
「お兄ちゃん助けてっ、門番さんが来たみたいなのっ」
それを聞いた少年たちは「門番?」「あの村の端っこにいるおっちゃんたちか?」と口々に言い始めた。
門番、聞いたことはある。たしか近くの大きな町から派遣されている衛兵で、この村の警備を任されている駐屯兵の通称、だったかな。
俺はこの村から外に出ないので面識はないが、遠目に見た覚えくらいはある。強面の屈強な男たちで、正直仲良くなれる気は全くしなかった。
そういえば、彼らをこの教会付近で見たことは今までなかったと思うが、今日は一体何をしに来たのか。
怯えた少女に助けを求められた以上、当然逃げるわけにもいかない。
彼らのいるらしい入り口まで向かうと、ちょうど席を外していたライラも、そこに戻ってきた様子だった。
「あらダリル様、それにリッツ様にノブタ様も……こちらに来られるのは珍しいですね。どうかされましたか?」
ライラの目の前に立つダリルというスキンヘッドの大男は、俺よりも頭一つ以上も背が高く、彼女よりも三十センチほど高くから、卑しい笑みを浮かべていた。
「……………………」
後ろの二人はダリルほど大柄ではないものの、細身イケメン風のリッツと、小太りなノブタは、頭や肩回りなどを鎧で覆っており、ぎらついた獣のような目でライラを睨みつけている。それなりの武装と面持ちは、門番というよりかは、ほとんど荒くれものに近い。
以前見かけた時は、ここまで威圧的な印象はなかったはずだが、今日の様子は本当にどうしたのだろうか。
「シスターライラ、この集会はあんたが主催だったそうだな?」
「ええ、確かにそうですが……何かございましたか?」
きょとんとした様子のライラ、ダリルはそれを見下ろしながら笑い始めた。
「くっくっ…………そうだよなぁ……。そりゃそうだ……くっくっくっ……!」
目の前にいる男のあまりの異様さに、ライラの表情も少しずつ曇っていった。それでも彼女は腰が引けることもなく、真っ直ぐと彼らの前に向き合っている。
「……この集会には、国の反乱分子が秘密裏に集まっている疑惑がある! よって我々ヴァーレ王国の衛兵として調査させてもらう!」
怒号を飛ばしたダリルは、返事も待たずに二人を手下のように連れて建物内に侵入した。
ライラはいきなりの出来事に目を丸くしてしまっていたが、我に返るとすぐさま彼らに駆け寄っていった。
「ちょっ、……ちょっと待ってください! 反乱分子? 身に覚えもなければあり得ません! どこからそんな話が出ているんですか!?」
「それに答える必要はない! それとも何だ? 我々の公務を妨害すると?」
ダリルは笑みを消して、鋭い目つきでライラを睨みつけた。
リッツとノブタは講堂内の左右に分かれると、何も言わずに背中に携えていた槍を建物の壁へと突き立てた。木造とはいえ、造りのしっかりした壁を無理やり破壊していく。
「どこかに武器が集められているかもしれん! どこかで集会していたかもしれん! 徹底的に証拠を探し出せ!」
講堂にいる子供たちはその様子を目にして、半数以上がその場で泣き出してしまった。数名の大人たちも武装した衛兵を相手に何かできるわけでもなく、近くの子供たちを抱きかかえて委縮してしまっている。
あまりにも突然の出来事、こんなもの調査でもなんでもない。ただの破壊活動だ。
その破壊者たちへ即座に、そして気丈に立ちはだかったのは他でもないシスターライラだった。
「ダリル様! 教会内でのこのような行い、断じて許すわけにはいきません! 今すぐにここから立ち退きなさい!」
いつも穏やかで、誰にでも優しいライラからは想像もつかない形相と怒声に、守ってもらっている側の俺がビビってしまう。普段大人しい人間が本気でキレる時が一番恐ろしいというのは本当らしい。
しかしダリルは、全く物怖じせずにライラと向かい合った。
「ほぉ? 随分と威勢が良くなったじゃねぇか? 立ち退かなかったら……どうなるってんだ?」
すると奴の周りが黒く霞がかり、手元を隠したかと思うと、どこから出したか1メートルほどの大きい棍棒のようなものがその手に握られていた。
「あなた……っ! まさか黒魔法!?」
「そうだ! これが俺の手に入れた力! 今までの俺とは違う……違うんだ……俺は生まれ変わったんだ……!」
まるで自己暗示のように、そして何かを唱えるようにダリルは繰り返した。
黒魔法、魔王神の力を借りて発動する神信力、魔物が行使するもの。
以前ライラからそのように教えてもらったが、それを目の前の男が、この村の門番が行使しているのか?
「何故あなたがを使えるのか、私には分かりません……」
ライラは深呼吸で息を整えると、ダリルを見据えて右手をかざした。
「……しかし! 私には、ここにいる人たちを守る義務があります! ダリル、道を踏み外した今のあなたを人だとは思いません!」
彼女がかざした右手に淡い光が集まると、それらは球体の輪郭が分かるほどの個体となった。
「白魔法————光波玉!」
彼女が叫ぶと、その球体はダリルめがけて猛スピードで突き進み、そのまま奴の体に直撃した。鈍い音を響かせて、辺りに煙が立ち込めていく。
目の前で行われたのは神信力による戦闘、そして明らかな攻撃だった。
ガードの姿勢を取っていたようだが、直撃した様子を見てしまうと、あれで無事な人間というのも想像できない。
「……くくくっ、白魔法……ねぇ?」
立ちこめる煙も晴れない内に、ダリルの声が聞こえる。
「黒魔法には圧倒的に優位な神信力。通常、人間に当たっても大したことはないが、対黒魔法には数倍もの威力を発揮する……そうだよなぁ?」
姿を現したダリルには、一切ダメージが見えなかった。その余裕からか随分と口が回っている。
「今の俺には圧倒的に不利な攻撃だったはずだが、……どうやら効かないようだな?」
「うそっ……!? どうして……!?」
自分の攻撃が全く通っていないことに、ライラは酷く狼狽えてしまっていた。
「どうして、だって? それはなぁ……っ!」
ダリルはライラに向かって走り出して数メートルの距離を一気に詰めると、手に持った棍棒を大きく振りかぶった。子ども一人くらいのサイズはあるそれを、ダリルは片手で軽々と扱っている。
「────俺の魔力が! 圧倒的だってことだよ!」
「くっ…!!」
彼女もガードの姿勢を取ったが、振り払われた棍棒が直撃した。
そのまま体ごと持っていかれ、激しい音を立てながら壁に叩きつけられた。衝撃で木造の壁はへこみ、彼女は息せき切って床に倒れ込んだ。
「はっ! シスターライラ、あんたに恨みはないが……運が悪かったと思ってくれ」
ダリルは彼女にゆっくり近づくと、彼女の両腕を後ろに回し、黒魔法と思われる紐状のなにかで拘束をした。