そんな世界に転生したら俺は魔王神にだって……19
姿が見える頃には、倒木による轟音で会話が聞き取れなくなってしまったが、上半身が裸で下半身が武道の道着みたいなものを纏った彼は、大きな笑い声を叫び散らかしていた。
「わーっはっはっはっはーっ!」
野太い高笑いをしているような気がする。うん、ギリギリ耳に入ってくる。
「何だアレ? ……人? って感じでもないし、もしや亜人種……とか?」
二メートルは優に超えている巨漢と、周りの大木をただの腕力のみで容易くへし折る豪快さ。そんな彼を見て、純粋な疑問が口を出た。アレが人間だと言われたら、人間と魔物の境界線があやふやになる。
「理解し難いと思うが、彼は立派な人間だよ。というか亜人種だなんて……、そんなもの実際に存在するわけないじゃないか。何を言っているんだい君はい?」
「魔王神だって、夢みたいな存在じゃねーか! そっちはアリで、亜人種はバカにされんだよ!?」
躍起になって返すと、レオンは魔物を捌いていた手を止めて思いにふけった。
「確かに……、魔王神がいるのに亜人種が存在しない理由は無いか……。いや、そもそも魔王神は魔物の存在がそれを証明しているとも……、それとも亜人種とは魔物のカテゴリとすれば……」
「今はそんなことどうでもいいですっ! 二人とも手を止めない!」
援護に回ってくれていたライラからの叱咤に、すぐさま俺の背筋が伸びる。
いや、俺はサボっていた訳ではないので完全に言い掛かりだ。それにしても、レオンにもそんな口振りで、彼女は大丈夫なのだろうか。
こちらに向かってくる巨人のような男は、変わらずの大笑いで接近してきており、遂に我々の周りに蠢く魔物たちも蹴散らし始めた。
「わーっはっはっはっはー! どけどけっ! 雑魚どもーっ!」
巨漢のダズはただ単純に腕を振り回しているだけだが、攻撃が直撃した魔物は勢いよく吹き飛んでぺしゃんこに潰れており、かすっただけでも手足が吹き飛ぶという有り様だ。同じ素手での討伐をしているダリルとは比較にもならない強大な暴力である。
「すげぇ……、これが伝説の武闘家か……」
その凄さはダリル本人も感じ取っており、羨望を抑えることができない様子だ。確かに強さを求める男として純然たる力に憧れることは間違っていない。
あらかたの魔物を一掃したダズは、変わらず騒ぎながら俺たちの元へと近付いてきた。
「強き者の匂いがするぞーっ! ここかぁーっ!!」
「お、おいっ!? こっちきたぞ!?」
目をキラキラと輝かせて俺を見下ろすダズ。長い白髪に顔や手の深い皺を見ると、かなりお年を召された方のようだ。
顔だけで言えば六十代、ロッカ村にいる俺の両親と同じくらいだろうか。白ひげを弄る手にも皺があるが、その武骨な腕や体を見れば、戦場に生きた者であることは一目瞭然だ。
強き者の匂いと言っていたが、今の俺からならする……のか?
「お主、見た目の割に強そうな匂いがするなぁ……何者だぁ!?」
興味深そうに俺を見下ろすダズの間に、武器を収めたレオンが割って入った。
「ダズ、悪いがこんなところで仲間割れを起こしている場合じゃないんだ。その続きは、魔王神討伐後に頼むよ」
「おぉ! そうだったな! まずは魔王神とやらだな! 一体どんな強敵だというのか……楽しみだぁ!」
ダズはまるで子供の様に、無邪気な笑顔で俺から離れた。対してレオンは、どことなく力の抜けた笑い声だ。
「ははっ……すまない、彼は強者との戦いにしか興味がなくてね。コントロールが効かなくて大変だよ」
ため息は出さないものの、やれやれといった様子だ。レオンでもそんな顔するんだな。
とりあえず難を逃れたが、魔王神討伐後なら戦ってもオーケーみたいな言い回しは止めてほしい。あんなのと戦ったら無事では済まないだろう。
すると、後方から一台の馬車が駆けてきた。
「ダズさんっ! 勝手な行動は……慎んでくださいっ!」
側面から顔を覗かせているのは普段よりも取り乱した様子のメイだった。しかし、ダズには聞こえていないのか、彼がこちらを振り返ることはなかった。
「ははっ、流石のメイも、ダズの扱いには苦労しているみたいだな」
レオンが愉快に笑っていると、メイはその存在に気付たようで、すぐに馬車から降りて掛けてきた。
「レオン様っ!? 申し訳ございません! 私としたことがこんなところを…………あわわわわっ……」
メイは露骨に慌てふためきながらレオンに近づいた。口であわわわーとか言ってる人、初めて見た。
「お見苦しいところをお見せしましたっ! あの男、言葉が通じているのかいないのか、一切指示を聞き入れず……! すみません! すみませんっ!!」
平謝りする彼女に、レオンは変わらず笑顔で返す。
「いや、もとより彼が指示通り動いてくれるとは思っていないよ。それより……後続の隊列へ指示は出せたかい?」
「はっ、はいっ! そちらについては問題なく!」
背筋を真っ直ぐにして返事をするメイの肩に優しく手が置かれた。
「ありがとう、よくやってくれた……みんな聞いてくれ!」
振り返ったレオンが出した指示に、俺は耳を疑った。
「我々以外の部隊には撤退命令を出した! ここから先はこのメンバーだけで魔王城まで走り抜けるぞ!」
この時、レオンが何を言っているのか理解できたのは誰かいたのだろうか?
ただ、少なくとも変わらず直進を続けたダズだけは、話を聞いていなかっただろうな、とは思ったけど。




