そんな世界に転生したら俺は魔王神にだって……11
叩きつけられたティマリール神像は、地面すれすれで俺の手に収まり、俺は店内に飛び込んだ勢いのまま、二人の間を通り過ぎながら着地した。
俺の手に収まった木彫りの神像は、確かに荒削りな部分も見えるが、製作者の熱量や愛を感じる作品となっていた。ただし、正面から横に角度を変えていくと確かに腕が三本あるように見える、確かに異様な作品でもあった。
それでも、一生懸命にたまりるを模した細かい痕跡を見ると、自然と心が震えた。
「なっ、ナニモンだお前!?」
突如割って入ってきた男に動揺しつつ、荒れた様子のままお師匠さんが叫んだ。
「名乗るほどの者じゃない。そんなことよりアンタ……今これを壊そうとしたよな?」
あの時と全く同じ、普段口から出したことのない低音が俺の口から零れた。
「そっ……それがどうしたってんだ! お前には関係ねぇだろ!」
驚きつつも強気な姿勢を崩さない師匠は、そのまま喧嘩口調で返してきた。
横にいるお弟子さんはあまり表情が変わっていない、突然の出来事に脳が追い付いていないのか。元々動じないタイプな気もする。
「関係ない? 俺の前でたまりるの像を壊そうなんざ、万死に値するね。あんたのその低い信仰心…………俺が叩き直してやる」
俺の視線がお師匠さんに移ると、流石に相手も少し怯んだ様子を見せた。それでも、まだ頭に血が上っているようで、すぐに両手を拳にして臨戦態勢を取っている。
一触即発の状況の中で一歩近付くと、店の外から予想外の声が聞こえた。
「……マルコさんっ!!」
メイの大声が店内に響き、お師匠さんとお弟子さんは、体を跳ね上げながら彼女に視線を移した。
彼女から発せられた圧力はその場を飲み込み、直前までいきり立っていたお師匠さんも呆けている。
そしてなにより、彼女の視線ははっきりと俺に向けられていた。視線だけではない、ヴァーレ大国国王軍上級魔術師であるメイが、俺に対して敵意を向けていたのだ。
初めて会った時や、修行中でさえ感じなかった彼女の神信力が直に伝わる。まるで、目の前に強大な怪物がいるかのようなプレッシャー。
昨日今日の説教など比にならない。初めてメイを、恐ろしいと思った。
すると、俺の動きを牽制できたことが分かると、彼女は口を開いた。
「……マルコさん、ここは私に任せてください」
険しかった表情を一瞬で元に戻したメイは、ゆっくりと俺たちに近づいてきた。
「急に話を割ってしまい申し訳ありません。……先ほどから随分とご立腹のようですが、何があったのでしょうか?」
ゆったりと問いかける彼女の様子に少し動揺しつつも、お師匠さんは少しばかり怒気を強めて返事をした。
「こっ、こいつの作品があまりにも杜撰で説教してたんだ! だから、あんた達には関係ないって言ってんだろ!」
お師匠さんの言葉を聞いているのかいないのか、メイはそのまま彼らの間を通り過ぎると、俺の手元にあるティマリール神像をまじまじと見つめた。
「杜撰……そうでしょうか? 信仰心を篤く感じる、非常に良い作品になっているじゃないですか」
「いや……ちゃんと見ろって! 腕が三本になっちまってるじゃないか! こんな造形、常識的に考えてあり得ないだろ! 認められるかっ!」
調子を戻してきたお師匠さんに対し、メイは飄々と腕を組んで考え込むような仕草をする。
「常識的……に? ……申し訳ございません、愚か者の私めは、実際の神様を拝見したことがございませんので、常識的な神様の造形は存じておりません。もし実物を見たのであれば、信仰者として大変羨ましい限りです」
本当に羨ましそうな表情のメイ、抜群の演技力だ。
メイさん、めっちゃ煽るじゃん。お弟子さんも吹き出すように笑っちゃってるし。しかもちょっとレオンの言い回しに似てるのは、これってもしやお国柄?
気がつくと俺も溜飲が下がっていたようで、荒ぶっていた気持ちも随分と落ち着いていた。
「なっ……、いや俺だって本物なんか見たこと……、それに文献だってそれなりに……」
「あなたの仰るティマリール神の姿は、どれも芸術家の表現ですよね? そのような意味で言えば、こちらを見てください。正面から見た時と真横から見た時で、ティマリール神の表現に差が出ており、彫刻として素晴らしいではないですか」
メイはティマリール神像を持って、くるくると見せつけた。言われてみれば、確かにたまりるのポージングや表情の機微が見てとれる。
「このような三次元的な表現に長けている方法を使った作品は、歴史的にも多数あります。ま・さ・か・ご存じないなんてこと……ないですよね?」
正論で殴られているお師匠さんも、これらには反論できないようで、「うぐぐ……」と呻くだけだ。
するとメイは、持っていた像を「失礼します」と言って、近くの作業机に置いた。
「それに見てください……この作品に宿る神信力を……」
彼女が手に持った杖を構えると、眩いオーラが彼女に纏い、杖の先端に光の玉が生成された。
「白魔法────光波玉」
それは以前、ライラが教会で使った白魔法だったが、それよりも一回りほど大きく成った光の玉は、目にも留まらぬ速さで彫刻に直撃した。
そのティマリール神像は木彫りの彫刻だったはずだが、光の玉がぶつかった瞬間は金属同士が衝突したような鈍い音が響き、割れたりもせずに机の上に佇んでいた。
「だから言ったでしょう、この像には神信力が通っているんです。同じティマリール神のご加護である白魔法がぶつかっているだけですから、壊れる訳がないんですよ。まぁ……それでもヴァーレ王国の魔術師である私の白魔法にまで耐えられるとは驚きですけどね」
それを聞いたお師匠さんは頭を押さえて慌てだした。
「ちょっと待て……、ヴァーレ王国の魔術師? それにそのローブ……もしかして本物のヴァーレ王国軍の……お方ですか?」
「申し遅れました、私はメイ・ユース・ガラン。ヴァーレ王国直属の魔術師をしております」
彼女が名乗ると、お弟子さんが急に眼を光らせて騒ぎ出した。
「大国ヴァーレの魔術師っすか!? ヤバいっす! マジで凄いっす!!」
お弟子さんは、まるでセリエAのスター選手と出会ったサッカー少年のようなリアクションだ。
「あの……、ヴァーレの魔術師ってそんなに凄いんですか?」
あの日村に彼女たちが来た時は、オスマンもライラもそんなにはしゃいでなかったよな?
誰に聞けるのかも分からないが小声で投げると、お師匠さんが俺の疑問に答えてくれた。
「あんた知らないのか? ヴァーレ王国軍の所属ってだけでも箔が付いてるが、その中でも魔術師っていやエリート中のエリートだぞ? 余程の才能がないとまず入れないってもっぱらの噂だが……」
お師匠さんの魔術師メイを見る目と、世間知らず過ぎる俺を見る目から、彼の言葉の素直さが窺えた。
「私自身はそんな大層な人間ではございません。が、先ほどのやり取りは少しばかり過激だったかと思います。この方の表現も、少しは認めていただけませんでしょうか?」
静々と頭を下げるメイのお陰か、お師匠さんもすっかり怒りが収まっていた。
「いや……、メイさんの言う通りだ。どうやら俺は頭が固くなっていたようだ。本当にすまなかった」
お弟子さんに謝るお師匠さんを見て、メイも一安心と言ったところか、小さく息を付いていた。お弟子さんも、「大丈夫っす!」だけで気にしてない様子だ。
俺が勝手に首を突っ込んだところから始まったゴタゴタも、これにて万事解決めでたしめでたし、といったところか。
「それでお弟子さん、そのティマリール神像はいくらで譲ってもらえるんでしょうか?」




