そんな世界に転生したら俺は魔王神にだって……④
その瞳に鋭さが宿ると、彼女から圧を感じるようになっていった。小柄なメイを相手に、自然と背筋が伸びてしまう。
「さて、マルコ様の神信力は…………うわぁっ!」
先ほどまで遠慮がちな声で話していたメイは、驚愕の声を漏らした。
「なんですかこれ……この白魔法、一人の人間が持つような量じゃないですよ! うわっ…………こんな人いるんだ……」
目を見開くメイを横目に、レオンは満足そうに頷いている。
「うんうん、やっぱり俺の直感は正しかったみたいだ」
二人から出た言葉に、少しずつ俺の緊張がほぐれていった。妙にハードルが高くなり過ぎていて、どうなることかと思ったが、専門家であるメイが言うには、どうやら俺……強いらしい。
「もしかして僕、何かやっちゃいました?」
「君の潜在能力がはっきりと示されたんだ。ぜひ我々に力を貸してほしい!」
ウソウソ、冗談だって。おいバカ、断りずらい流れになるじゃないか。くだらないこと言ってる場合じゃないよ。
するとメイは、そのまま俺を見据えながら目を細めた。
「ただ、なんでしょう……奥が深すぎて、根源が読み切れないです。純粋な白魔法ではないのか……、魔物憑きの形跡はないので、危険な力ではないとは思いますが……」
解明しきれないことを訝しむように、彼女はぶつぶつと呟いた。
危険ではないけど、怪しい神信力ってこと? これ、喜んでいいの?
でも、それならそれで、危険な任を背負うこともないのかな。まさかそんな状態で戦場に駆り出されたり……しないよね?
「感知に専念しているメイがここまで言い淀むとは、彼は相当稀有な力を持っているようだね」
「レオン様……申し訳ございません! あぁ……、レオン様の期待に応えることができなかった……、私はもうお終いです。来世では誰かの役に立つ何かになりたい……」
メイは顔を覆ってへたり込んでしまった。彼女の視線が外れると、直前まで感じていた強烈なプレッシャーも同時に消えた。
レオンの手前で疑うつもりはないが、本当に凄い人なんだよね?
「そんなに落ち込む必要はないよ。君は充分僕の力になってくれているし、この任務にだって、君の力が不可欠だ。これからも期待しているよ」
「はいっ! 有り難き! これからも頑張ります!!」
部下に配慮した言葉を掛けるレオンに、彼女は食い気味に返事をした。大国の兵士長と魔術師の会話とは思えない、随分と緩いやり取りだ。
「……ライラ様についても、神信力は相当の量です。マルコ様と比べると少ないですが、我々ヴァーレの魔術師にも引けを取らない……これで一般人というのは、無理がありますね」
気を取り直したメイがライラを評価すると、オスマンが髭を触りながら自慢げに話した。
「彼女は物心ついた頃から、聖職者として生きてきたからのぅ。一般人と同じ尺度で見られては困るわい」
オスマンにとってライラは、娘や孫のような存在なのだろう。そんな彼女が高く評価されれば嬉しいはず。こんなところばかりは、年相応におじいちゃんだ。
それに対して、ライラにはそれを鼻にかける様子は全く無かった。
「私はティマリール神にこの身を捧げております。その力で戦うというのは、これまでの私にはない経験ですし、お役に立てるかどうか……」
ライラは胸に手を当てて、真摯に思いをレオンたちに告げた。この人やっぱり人間できてるなぁ、俺なんか使えもしないのに力があるって言われてちょっと浮かれちゃったよ。
それに、彼女の発言にも甚だ同意である。ライラもきっとそうだが、俺が抱くたまりるへの愛は、誰かをやっつけるためのものではない。
たまりるを思うだけで溢れてくるこの神信力は悪い奴を倒す力にもなるが、そうではない使い方もあるはずなのだ。
しかし、レオンは優しい笑みを浮かべて、腰に手を当てた。
「シスターライラ、君はこれまでこの村に、そしてティマリール教徒として尽力してきたことだろう。それはきっと正しいことだ。……でも先日の一件、何か思うことはなかったかい?」
その発言にライラは、図星を指されたような驚きをみせていた。
「……大国の兵士長様は、全てお見通しなのでしょうかね……」
「まさか! 俺に分かるのは、目の前にいる人間のことだけだよ?」
何の話をしているのか俺には分からないが、レオンの言葉に彼女は観念するように息を吐いた。
「……分かりました、私に出来ることがあればご協力します」
おいおいおい! 何かよく分からんけど、丸め込まれちゃったよライラさん。
このままじゃ俺まで連れていかれちまう。非常にマズイ。
それに、俺が危険な旅に行くことになったら、両親はどう思うか。少なくとも母さんは心配で倒れてしまうんじゃないか?
「レオンさん、実は俺、心配性の両親がいるんです。先日の事件の時も、結構心配かけちゃってたみたいで、それでまた魔王神の退治なんて……俺、行けないですよ」
大変申し訳ない、といった雰囲気で申し出ると、珍しくレオンが目を丸くした。メイまでキョトンとしてしまい、一瞬だけ決まりの悪い空気が流れた。
「……えっと、すまない。君の両親からは、既に同意を得ていると話を窺っているのだけれど……」
こちらこそ申し訳ない、といった風に返されてしまった。メイも首をコクコクとして頷いている。
「えーっと、それは…………?」
視線を横に流すとライラは、「……?」と首を傾げており、彼女は何も知らないようだ。
そのまま反対方向に視線を戻すと、
「……ああ、ワシじゃよ」
オスマンの呑気な声に、オタクなりに横転しそうになる。
クソジジイてめぇ! マジでぶん殴ってやろうか!?
「ほほほっ、怒るのも無理はない。しかしマルコよ、この村にレオン兵士長がくることがどれだけ大事か分かっておるか?」
オスマンは明るい口調を続けるものの、それとなく真剣さも滲んでいた。
「これは決して悪ふざけという訳ではない。……ふざけられる事態ではないんじゃよ」
「それは……、そうなのかもしれないですけど……」
正直、レオンがどれだけ凄い人物なのか、ヴァーレという国がどれだけの存在なのか、全く分かっていないのも事実だ。
「まぁまぁ、お二人とも。……そうだ、今回の任務の詳細を説明させてくれないか?」
上手くレオンが間に入ってくれたところ、ライラも話に乗っかってきた。
「そうですね、そもそも魔王神がいるいないは置いておいて、その原因がどこにあるのか、見当はついているのでしょうか?」
「我々が把握しているのは、彼らの根城である魔王城がロミ平原に建てられている、ということ。そして、その立地が、黒魔法によって大きく変化している、ということだ」
その情報にライラとオスマンが意外な反応を示した。
「ロミ平原とはまた……意外と近場にあるんですね」
「ヴァーレから馬を走らせれば数日じゃな。そんなところに異変があれば、すぐ気づきそうなもんじゃがのう」
それについては彼も同じように思っていたらしく、二人の疑問に対して頷いている。
「仰る通りです。というか、実際その通りなんですよ」
レオンはそのまま話を続ける。
「我々が集めた魔術師たちに、遠距離感知をさせていたんです。その調査に引っかかったのがつい数日前、近隣の住民からの報告よりも先に分かったことです。感知自体は定期的に行われていたので、恐らくその拠点が作られたのはほんの数時間ってことになる……まさに伝説が為せる業ですよ」
呆れたように笑うレオンの言葉に、ライラも固唾を飲んでしまう。
この世界の常識から逸脱した、そんな存在を討伐するなんて、本当に出来るのか。
「実は、俺もそれを考えているところなんだ。ヴァーレ国王からは『魔王神の討伐』を命じられているんだが、そんな伝説の化け物を倒せるか……正直かなり厳しいだろうね」
あっけからんと、勝算の低さを語るレオン。しかしその顔には、諦めのようなものは一切感じない。 そして彼は、深々と頭を下げたのだった。
「この任務を遂行する為には、君たちのような人間が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ」