そんな世界に転生したら俺は神様にだって……72
マキラごと当てるつもりで放たれる黒炎に、たまりるは両手を前にかざして構える。
複数の攻撃に対して同時に対処できるのか、たまりるはそれをどう考えているのか。
どちらにせよ、神信力を発動できない今の俺が、割って入れるような状況ではなかった。
上空から放たれた黒炎は、マキラに届く前には蒸発するように消えていき、マキラの振るう刃もまた、たまりるの体を通ることはなかった。
「これでもまだ防ぐか!? それならもっとギアを上げようかのぅ!」
マキラの体が光ると、たまりるの後方に黒い球体が姿を現した。
「たまりるっ、後ろ!」
俺の声に反応してくれたたまりるは、後ろからの攻撃に気付く。
「黒魔法────暗獣無我」
巨刀を振り回しながらされたマキラの詠唱により、浮遊している球体が膨張し、そのまま割れるように開いた。
その中から生み出されたのは、無数の飛行生物である。蝙蝠か、もしくは一つ目の魔物にも見えたが、体長に対する口と牙の異様な大きさは、俺の知る自然な生命体から大きく逸脱したものであった。
「ちょっと……もう!」
たまりるは苛立ちを滲ませつつ、マキラに向けていた両手を左手だけ残し、右手を後方の群れている魔物たちに掲げる。
前方からの黒炎、後方から押し寄せる牙の魔物、そして目の前にいるマキラの斬撃。これらすべてをたまりるは防いでいた。
しかし、少しずつであるが、たまりるが押されているように見え始める。
黒炎はマキラの後方で消滅していたが、徐々にマキラを横切るところまで近付くようになっていた。
「おっ? どうした、黒魔法に押されておるではないか?」
マキラもそれに気付き始めている。黒炎を綺麗に避けながら、そのまま刀を持って舞い続けている。
牙の魔物の軍勢も、僅かながらたまりるに接近しつつあった。
「うる…………っさい!!」
我慢の限界、とでもいったように、たまりるが悪態をついた。
その瞬間から、たまりるの周りに吹く風が強まっていく。黒炎も魔物の大群もどんどん押しのけ、マキラの持つ刀はその刀身だけでなく、持ち手から先の腕までも消失させていた。
マキラは珍しく驚いた表情になったが、すぐさま普段通りの、狂気の笑顔に戻る。
右上半身辺りが削り取られたところで、マキラが大きく後ろに飛び退く。その時点で、周りに浮かんでいた黒魔法の気配が消えた。
「神信力の性質が変わってきたな。見よ、この傷を。修復に異常なまでに時間を要するぞ」
マキラが嬉しそうに語っている通り、今まではすぐに元に戻ったその姿は、痛々しい傷口を大きく残していた。
「くっくっく……ここまで来るといよいよもって……? おい、お主……?」
それでもまだ余裕を見せていたはずのマキラが、目を丸くして言葉を失っていた。
俺はたまりるの方へと目を向ける。彼女は特段何かを行なっている訳ではなかったし、何かを起こしそうな気配もなかった。
彼女はじっと、俺の方を見ていた。その視線は何かを訴える様子もなく、道に転がっている変な形の石を見る程度の、ごく僅かな興味くらいの視線。
彼女が何か口に出すことはなかったし、呆然として固まっている。
マキラですら動き出さない中、距離を置いた三者の間に、奇妙な沈黙が流れたのだった。




