誰かの手記⑤
五千百二十九日目────
父と母、そしてその子供である娘を眺め始めてから、随分と長い時が過ぎた。
娘は生まれて間もなく騒ぎを起こして、周囲から疎まれている様子であった。小さい彼女が直接手を下している訳ではないが、城内で奇妙な症状が蔓延していたらしい。
父の疲労は、目に見えて溜まっていった。自分の娘が何かに取り憑かれていることを、どれだけ恨んだことだろうか。
事故で家族を失った父が、何の因果かも分からずに、再び家族を失う恐怖。父の心労は、私には計り知れない。
二人の子供には無事でいて欲しいという私の祈りは、何の意味もなさなかったようだ。
対して母が、その苦しみを表に出すことはなかったのは意外であった。
あの優しい母が、自分の娘の不幸を悲しまない訳がない。それでも涙を見せなかったのは、私の知らない母の強さであった。
いつからか父は、様々な国を飛び交うようになっていった。
自分の娘を救う手立てを探していたのだろう。あの人が目の前にある困難を、ただ傍観するなどとは思えなかった。
それによって様々な人間が父の周りに現われたが、特に驚いたのは遊佐芽衣である。
彼女は私の小学校、中学校を共にした友人である。最後に見かけたのは、私たちの成人式の時くらいだろうか。その時とそっくりの綺麗な銀色の髪、そして小さいころからの前髪を弄る癖にも見覚えがあった。
彼女は昔から勉強が得意で、レベルの高い学校への進学をしていた記憶がある。この世界の彼女も、そのような才覚を持っているのだろうか。
そんな彼女を従えている上司の顔に覚えはなかったが、さぞ優秀な人物なのだろうと推測する。
こうして父の周りに人が集まっていくが、事態が好転しているようには思えなかった。
私の心も少しずつ荒んでいくのが、自分でも分かった。
私の祈りや願いなぞ、何の役にも立たないのだ。
誰でもいい、父と母をこの苦しみから救ってくれ。
……日目──
私にはもう、父と母を見てられなかった。
娘はここ最近、床に伏せる頻度が増大した。容体は悪化の一途を辿り、体への影響も露骨に表れていた。
遂に母は、自室で誰にも見られていない時に、隠れて涙を流した。
ここまで我慢してくれていた母の流した涙に、私の心は一気に締め付けられた。
父はきっと、最後まで諦めずに行動を続けることだろう。
もしもその努力虚しく、命の灯火が消えた時に、父の心は無事なのだろうか。
私には、二人の様子を見ることに耐えられなくなっていた。しかし、二人を助けることも出来なかったし、全てから逃げ出して目を逸らすことも、今更私には出来なかった。
何でもいい、早く二人を楽にしてあげて欲しい。これ以上、二人を苦しめないで欲しい。
誰か、もう全て終わらせて欲しい────。




