そんな世界に転生したら俺は神様にだって……63
三度訪れた神穴は、早朝の森林という清々しさを除いて、なんの変哲もない場所であった。ユウナを連れて来たからと言って、隠し扉が開いたりもしなさそうである。
「……マルコ様、降ろしていただいてよろしいでしょうか?」
しかし、到着した頃からユウナの様子が変わった。
「どうしたの? ……何かあった?」
先ほどまでは明朗な応対だったユウナは、俺の声が聞こえていないような、どこか呆けた様子である。
「そうか……、だから私は……」
何かに納得したように独り言を溢し続けるユウナ。俺の目には、いつもと変わらない一面の緑が広がっているが、彼女には全く別の景色が見えているみたいだ。
俺は、そんなユウナを後ろから眺めることしかできなかった。
さっきの声掛けが聞こえてなかったとは思えない。それは、返事をするよりも重要な何かがある、ということだろう。
と言うか、どうかしたのか聞いたのに返事がない中、更に声をかけるのってどうよ? 俺には出来ないね、しつこいと思われそうだし。
「マルコさん、私……解りました。どうして私が、今ここにいるのか。今、何をすれば良いのか……」
俺の名前を口にしているが、俺に話しかけているようには思えない。彼女は両手をお腹の前で組み、足元を見つめるように俯いた。
そのまましばらくは沈黙が続いた。彼女は下を向いたままで喋ることはなかったし、俺も何を聞けば良いのか、何を聞いても良いのかが分からなかった。
俯いたままの彼女は、何かと葛藤しているようにも見えたし、震えているようにも見えた。
すると唐突に、ユウナの背筋が伸びた。後ろに立っている俺に、彼女の表情は窺えない。
「マルコ様、後ろにいるのは……魔物さんでしょうか?」
ユウナの言葉に俺はすぐさま反応して振り返る。
ヤバイ、油断していた。この辺りには魔物が出ないと聞いていたから。しかし、原因となるユウナがこの状況では、いつ現れてもおかしくないだろう。
武器を持たない俺は、神信力さえ発動できれば戦えるという意気込みで構えたが、それらしい生物は見当たらない。
俺には見えていないが、ユウナには見えている?
「ユウナ、俺には分からないんだけど……魔物がいるの?」
「魔物さんはいません。……ごめんなさい、嘘つきました」
ユウナから、あまりにも呆気ない言葉が返ってきた。
嘘? えっ、冗談ってこと? 今って冗談が言える空気だった?
普段から彼女の発言には驚かされているが、今回もその類いのやつなのか?
「えっと、今のはどういう────」
ユウナの方を振り返ったその時、俺の肩に何かが寄りかかってきた。
直後、それがユウナの両手であったことが分かった。そのまま彼女は俺の肩を支えに、乗り上げるように顔を近づけた。
俺の頬に、温かく柔らかい感触がした。それが唇であったことを理解した時には、既に彼女は俺の側を離れていた。
「…………っ!?」
色々な感情がごちゃ混ぜになった結果、一番大きな驚きが勝ってしまい、その感触がまだ残る頬を覆うように押さえた。
ユウナは少し俯き加減で後ずさるように、ゆっくりと俺から離れていく。そのまま進んでいくと、二人で会話するのに適しているとは言い難いほど遠ざかっていた。
「これで思い残しはありませんっ! ありがとうございますっ!」
ばっと顔を上げたユウナは、やや声を張って俺に告げた。表情はいつも以上に快活で、彼女の愛らしさが詰まっている。
「次にまた会えたら、その時は────」
再び彼女が口を開くと、彼女は周りに光が集まっていくように輝き出し、同時に強い風が巻き起こった。
「ちょっと、それってどういう……!?」
生まれた光は彼女の姿をすぐに覆い隠し、その姿は影となっていく。吹き始めた風は弱まることなく吹き荒れて、辺りの植物に生えている葉が舞い上がる。
強くなっていく光と風を遮るように、俺は腕で顔を覆う。
それでもユウナの元へ向かおうと試みるが、視界は光で溢れて、風が感覚を失わせて、もう自分の足で立っているのかも分からない。
気付けば俺は、彼女を助けようという意思だけを残して、それ以外の全てが消えてしまっていた。




