そんな世界に転生したら俺は誰にだって……⑨
その日の一件は「ティマリール教会事件」として、オスマンからヴァーレ王国へ報告された。そこからの対応は、俺が思った以上に迅速だった。
次の日には、王国から兵隊たちが馬車に乗って派遣され、教会の修繕や事件の事情聴衆、この事件による子供たちへのメンタルケアにも着手してくれた。
事情聴取については全てオスマンが対応してくれたのは、俺を含めた村の人たちへの配慮だろう。流石神運営などと思っていたのだが、
「こーゆー時くらいは村長っぽいことしとかんとな。ワシは結構その辺サボってて、むしろ目をつけられとるんじゃ、ほほほっ」
だとさ。もっと働けよジジイ。
俺とオスマンで拘束しておいたダリルたちは、先行して到着した兵士に連行された。あの時点で神信力による回復があったからか、3人ともほぼ無傷だったようだ。村の駐屯兵が自分の職場で拘束されているのだから、随分と居心地が悪かっただろう。
彼らには、当時の記憶がほとんど残っていなかった。むしろ意識を取り戻した時、自然な会話が出来たのが不思議というか……、いやそんなの当然といえば当然なんだけど。
やっぱ見た目がいかついんだもんあの人たち、普通に話するのもこえーじゃん。
そしてライラは、オスマンと一緒に復興作業に走り回っていた。そもそもオスマンはあの教会の管理者で、あの二人は上司と部下みたいな立ち位置だったのだ。
あの日以来、彼女とはあまり会話が出来ていない。というのも向こうがかなり忙しいという体であまり顔を合わせようとしてくれないのだ。
しかし、俺には分かる。あの日ぐしゃぐしゃに泣いていたのを見られて、これを気にしてるだけだ。
俺とすれ違う時「あー忙しいですわぁー」とか言ってるし、いっつも顔赤いし。シスターライラ可愛すぎ案件、これはファンクラブ設立待ったなし。
そんなこんなで俺はその辺の対応をすることなく、いつも通りの平和な日常を送っている。
「それにしても最近は落ち着かないなぁ。ヴァーレからの兵隊が来てるんだって?」
「そうみたい、ライラさんも村長もバタバタしてるよ」
自宅で朝食を食べながら、俺は父さんとそんな会話をしていた。事件の詳細は公になっていないようだが、親の様子を見る限りでは、事故程度の話になっているのだろう。
「それにしても、物騒な事故だったねぇ。マルコも気を付けておくれよ、あんたに何かあったら私らは……うぅっ……」
キッチンから戻ってきた母さんは、うっすらと涙を浮かべながら声を震わせた。
「し、心配させてごめんよ……。大丈夫、危ないことはしてないから!」
本当のことを伝えたら、母さん卒倒するんじゃないか? そう思うと嘘も方便だ。
ともあれ、事件については王国の人たちや村長がなんとかするだろうし、俺はまた教会に通って、たまりるの単独ライブ……もといティマリール神の礼拝という、平々凡々で幸せな毎日を送るだけだ。
そういえば、あの日助けてくれた白魔法の詠唱者が何者だったのか、これも分からずじまいだ。それだけは少し気になるけれども、きっと日々の祈りが通じて起きたティマリール神の奇跡とか、そんなんだろう。
彼女はまた、俺に奇跡を起こしてくれたのだ。異世界で神様になる女はひと味もふた味も違うぜ。
それに、誰かが傷付くことを、たまりるが望んでいる訳がない。そうだ、俺は愛と平和とたまりるに生きる一般人なのだ。そう思いながら家族といつも通りの食事を楽しんだ。
結論から言えば、次の日には、平穏とは程遠い世界に身を置くことになった。
こんなにお祈りしてるのに、どうして……。