そんな世界に転生したら俺は誰にだって……⑦
拘束が解けたライラは、すぐさま倒れ込んでいたオスマンに駆け寄った。
「村長! まさか村長も何か……っ!? お怪我は……」
心配そうに様子を窺うライラに、オスマンはゆっくりと起き上がりながら微笑んだ。
「大丈夫じゃ、ちょっとだけ老体を突っつかれたがの……彼のおかげで助かったよ」
袖を払うオスマンは改めて周りを見渡し、子供たちにも被害がなかったことを安堵した。ライラは見てなかったが、オスマンが食らった一撃は普通の老人だったら大事だっただろう。心配されないようにあんな軽口叩いて、さすが人の上に立つだけのことはある。
村の人たちは無事、ライラとオスマンも大事には至らなかったようで、事なきを得たかのように思われたが、
「……まだっ! ……くっ、まだ終わってねぇぞ!」
講堂奥の隅に倒れ込んでいたダリルが、息も絶え絶えに立ち上がり、俺たちを睨んだ。
「ダリル、もうよさんか! その様子では、お前の体も無事ではないだろう!」
「うるせぇジジイ! 俺はのし上がってやるんだ……俺は! 俺は俺は俺は……俺は絶対……俺は俺は……」
正気を保っているとは思えない物言いにおぞましさを覚えると、ダリルは荒々しく叫んだ。
「黒魔法────暗重剛装!」
詠唱に反応し、奴の周りにはおびただしい暗雲が立ち込め、ダリルの体を完全に覆った。その雲が徐々に晴れていくと、色黒程度だった奴の肌は漆黒に染まり、闇に灯るような真っ赤な目はまるで獣だ。
目の焦点は決して俺に合っているようには見えないが、肌に刺さるような強い殺意は、間違いなく俺に向いていた。
その姿は、もう人間とは思えないものだった。所作も外見も変わり果てたダリル、もし魔物というものが実在していたら、このような姿になるのだろうか。
「ライラさん! ファンのみんなを外へ!」
「はいっ! ……えっ? ファン? ……とりあえず分かりましたっ!」
一瞬の困惑があったものの、すぐさま彼女は人差し指と中指を立てて構えた。
「白魔法————念動浮遊!」
彼女の神信力で、離れた場所で眠っている子供たちは浮遊して入口へと運ばれていった。また、近くの子供たちは彼女自身で抱きかかえ、慎重に外へと運び出す。「ファン? ……どうゆうこと……?」と納得しない顔ではあったが、ダリルから子供たちを離すことはできたようだ。
「じいさん、アンタも早く────」
「ワシはここに残るぞ」
そういうと、オスマンは後方の座席に腰を下ろした。
「今の奴に敵う人間なぞ、もうお前さん以外におらん。お前さんがやられたらこの村はお終いじゃ」
オスマンは顔を上げて、ゆっくりと、そして大きく息を吐いた。
「つまり、お前さんとこの村は一連托生って訳じゃ」
「だったら尚更……」
「ここの村長が誰か分かっとるか? ……ワシじゃよ?」
どこまで本気なのか分からないが、オスマンはいつもと変わらない様子で、髭をわしゃわしゃと弄っている。
「……今のアイツを見てみろよ? いかにも、老体を労わってくれそうじゃないか?」
人間を捨てた姿のダリルを、俺は指さした。
「確かに、随分と優しい姿になったもんじゃ。こりゃお前さんに、何とかしてもらおうかのぅ」
俺の皮肉に、オスマンの戯言が返される。
きっと、意地でもここを離れないつもりなのだろう。こうなったらティマリール教の先輩信者に見届けてもらおうじゃないか。
「……後輩の姿、ちゃんと見といてくれよ?」
「ほっほっほ! いつもと違って態度が大きいのぉ~、今に限っては頼もしいわい」
確かに、自分の力で戦っている自覚もなし、変わり果てたダリルを相手に、俺は何を言っているんだ。重なる戦闘によって溢れたアドレナリンで興奮状態なのか、それとも不思議と溢れるこの力に自信があるのか。
「うぅ……がっ……! 俺は……俺は俺は俺は、……がはっ……!」
黒く染まったダリルは、時折頭を抱えて叫ぶ様子も窺える。その強大な魔力に飲み込まれて、奴も苦しんでいるのだろうか。
しかし、今日のコイツは様々な大罪を犯した。周りのお客さまの迷惑になる行為、スタッフ(ライラやオスマン)の指示に従わない、たまりる(ティマリール神像)への暴力行為。到底許されない暴挙だ、まさに大罪のトリプル役満。こんなの現地でやった暁にはスタッフどころか、周りのオタクにも囲まれてボコボコにされちまうだろう。というか俺が消してやる。
避難も無事に進み、静かになった講堂内で、俺は掌に拳を当てて気合を入れた。
「繰り返すが……ダリル、お前みたいなアンチは、俺が必ず粛清する」