そんな世界に転生したら……①
気付けば、目の前に広がる世界は全てが真新しく、自分が何処とも分からぬ異世界に辿り着いていたことを理解した。自然が豊か過ぎるこの景色も、その豊かさ故に強く薫る土の匂いも、傍にいる年老いた夫婦と思われる睦まじい二人も、その全てに馴染みがないというあまりにも不思議な感覚。
これがいわゆる『異世界転生』なのか、という思考がどこかでよぎったと思うが、すぐにその全てがどうでもよくなった。
俺は、いつからこんなにも薄ぼんやりとした状態でいたのだろうか。生前の(と表現していいのか)、そういった記憶はほとんど出てこない。「何かが失われてしまった」ような、喪失感に近いものがあるだけで、死期がどのようなものだったのか、そもそも死んだからここにいるのか、それすら分からない。
少なくとも、随分と前から生気を失い、まるで死人のように生きていたことは思い出した。しかし、それが分かったところで何かが変わる訳もなく、それらに対する思考は止まった。
俺は今、この二人の老人とどこかへ向かっているようだった。
二人は俺の両親なのか、祖父母なのか。前を歩く二人は明るい表情で俺に話しかけてくれているが、その話し声は何故か聞き取れず、口がパクパクと動いているのが認識できる程度だ。何を話しているのかこちらから聞こうとするも、俺自身も上手く声が出せていないようで、それでも二人はニコニコと見つめあっては歩みを進める。これは会話に……なっているのだろうか?
しばらくすると目的地に到着したようだ。一軒家くらいのその建物はシンプルな外装で、住宅というよりか、大きめの小屋といったところか。
入り口まで行くと、中から女性が現れ、俺たち三人を出迎えているようだった。女性の声も聞き取ることはできなかったが、修道服のようなものを着ており、どうやら教会のような場所だと認識できた。
案内されるまま中に入ると、外のこじんまりとしたイメージとは異なり、広い講堂となっていた。左右には長椅子が並んでおり、奥には大人一人分ほどの大きさをした石像が祀られていた。
はっきりと見えないその石像に俺は不思議と既視感を覚え、誰に言われる訳でもなく講堂の奥へと歩みを進めた。見覚えのない世界に来て何を言っているのか、しかし何かを思わずにはいられない、そんな得も言われぬ感覚が強まる。
その輪郭がはっきりとした時に口から出たのは、前世の俺が命を賭して追いかけた麗しき光を表す美しき名前だった。
「────たっ、たまりるっ!!!」
前言撤回、勢い余って愛称が出てきてしまった。
つまり、前世で俺が最も推していたアイドル、国木原たまりを模した像がそこに祀られていたのであった。