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第1章:男は地獄へ身を投げた

 車が揺れる。振動が伝わる。地獄へと進んでいるという振動が。


 窓の外に見えるものはまるで俺たちの未来を示しているみたいだ。ろくに整備されていないであろう建物、多くの爆撃があったであろう凸凹の大地、視界を薄暗くする汚い空気、フェンスの向こう俺たち(新入り)を、哀れなものを見るような目で見ている先達たち。

 最悪を形作ったような場所だ。

 

 輸送車の中は静寂で満ちている。当たり前だこれから俺たちは地獄に行くんだからな。

 俺は、"マーク・ディッカー"は、こういう雰囲気が嫌いだ。なんせ、"これから恐ろしいことが待ってる"って恐怖は、これまでの人生を振り返らせてくるからな。


 普通のやつはきっと、家族で料理を食べた記憶や、友達と遊んだ記憶、恋人とデートした記憶、そんな優しい思い出にあふれてんだろうな。うらやましいよ、憎ったらしいほどに。


 ◇


 俺の人生で最初の思い出は8歳の頃の話だ。兵隊だった父さんは俺が5歳になったあたりから家に帰ってこなくなった。

 母との結婚記念日にも、クリスマスにも、俺や弟の誕生日にさえも。

 3年間の間で父さんと会えたのはたった1回だ。それも最悪な帰還での再開だ。


 父さんは両足をなくしてた。戦場に忘れてきたそうだ。


 俺は喜んださ。ずっと帰ってこなかった大好きな父親が帰ってきた上に、最高にかっこいい機械の足(義足)をつけてたんだからな。

 足を失ったことよりも、俺には父が生きて帰ってきてくれたことが、何よりもうれしかった。


 でも、村のみんなはそう思っちゃくれなかったらしい。

 あいつらは寄ってたかって父さんを罵ったんだ「逃げた」「卑怯者」「なぜ死んでこなかった」って。


 ……齢8で人の心のもろさを痛感した。天井にぶら下がり、どんどん冷たくなっていく父さんと、人形のように動かなくなった母を見てな。


 2つ目の不幸は思ったよりもすぐに訪れた。


 親父と違って暖かいのに動かなくなったんだ。母さんが。


 常に虚空を見つめてるようで、俺が前に立っても気づいちゃくれなかった。

 まるで、そこに父さんがいるかのように、同じ場所をずっと見つめて、動かなくなった。


 病院へ連れていきたかった。うちが貧乏でさえなければ……。


 そこからの毎日は想像通り大変だった。農作業、商売、母の介護、とてもじゃないが、子供2人だけでやりきるのは無茶すぎる。


 その結果はすぐに出た。

 ある日、病弱だった弟が倒れた。持病の悪化だった。

 

 農業、商売、介護に看病、とても10歳の子供が1人で全部やりきるものじゃない。というかできるわけがない。

 それから、俺は親父を殺したロープを持つ機会が増えた。だが結局は罪悪感や、不安、恐怖のせいで使うことはなかったが……。


 そして、俺が15歳になったころ、俺の人生史上最も最悪なことが起きた。

 徴兵だ……。

 あの日ほど家の扉を開けて後悔した日はない。


 兵隊は無慈悲にも俺に軍へ来いと命令した。

 当然、最初は断ったさ。母も普通で、弟も元気だった父さんの時とはわけが違う。

 今この家には誰も俺を送り出せる人間なんていない。


 俺はそのことを必死に説明した。

 だけど、そんなことあいつら(兵隊)は考慮してくれなかった。


 もし、俺が行かないのなら弟を連れていくと言い出したんだ。

 「弾は多いことに越したことはない」んだと。


 無理に決まってる。体質は多少マシになったとはいえ、その時の弟はまだ12歳だ。

 俺はとっさに「じゃあ俺が行きます」って叫んだ。

 今思えば無鉄砲にもほどがある。


 でも、結果論にはなるがあの選択は間違ってなかったと今は思う。

 俺がいない間、母と弟の面倒を国が見てくれることになったからだ。


 だけど、その代償は決して安くない。

 俺はその代わりに生存率0%と呼ばれる最悪の部隊"第136特殊機動歩兵部隊"、通称136部隊へ配属されることになった……。

 

 ◇


 今、俺たちの乗る車はそこ(136部隊)へ向かっている。


 こいつ(輸送車)は霊柩車だ。136部隊への配属が決まった時点で俺たち死んだ。あとは火葬場(136部隊)へ行くだけだ。


 中にはいろんなやつがいる。

 顔に大きな傷が生えた強面の男、俺より年下に見える子供、涙を流し嗚咽をあげる若き新米兵。いろんなやつが。

 

 俺はどう思われているのだろうか?芋くさい田舎者だろうか?やつれた体の不健康人だろうか?はたまた、手にある大量のマメを見て歴戦の兵士と思うのだろうか?どうなのだろう。


 そんなことを考えているとついてしまった。


 全員が渋い顔をしている。かくいう俺も。


 車から降り、俺は8時間ぶりに大地を踏んだ。

 その時、俺はものすごい悪寒に襲われた。心臓が危険信号を鳴らすように、急速に動き始めた。


 足に何かが絡みつくような、背中に何かがしがみつくような、そんな言い知れぬ不愉快さがあった。

 これはなんなのだろうか。まさか136部隊の亡霊とでも言うのだろうか。考えたくない……。


 あきらかにここは車に乗る前の場所とは違うとわかる。まさしくここは異世界だ。


「皆さま、お待ちしておりました。我々はここ(136部隊)の医療班を担当している者で、私はケアリー・ベルと申します。以後お見知りおきを」


 俺たちの目の前には手術服のようなものを身にまとった1人の医師がいた。

 ケアリー医師の声はとても優しく穏やかなものだが、俺はそれにどうにも得体のしれないものを感じるような感覚を覚えている。なぜだろうか。


「あまり時間を使いたくないので手短に。これから皆様には健診を受けてもらった後に、少し特殊な注射を受けてもらいます」

「これは我が136部隊の隊長、コラルド・ペイン隊長が決定した義務であり、拒否権はありませんので、ご注意を」


 俺の目はこの時、やつ(ケアリー)の光のない目に吸い寄せられていた。

 そして気づいた。こいつの声は確かに優しく穏やかだが、その笑顔はまるで仮面のような張り付いた不気味なものであるということに。


 俺の本能が逃げろと警告しているのが伝わってくる。

 今すぐにここから去れと俺の脳が言っている。


 しかし、その考えはやつの懐を見て一瞬で消え去った。

 黒く光り、火薬のにおいを漂わせ、殺意で形成されたもの……"銃"だ。


 俺は息をのんだ。誰も帰ってこれない。いや、帰すつもりはない。そんな想いをあの銃は示している。


「それではまいりましょう」


 そう言うとやつはおぼつかない足で、施設の中へと歩き出した。


 ◇


 施設の中は大方予想通りだった。

 どういう経緯で空いたのか想像つかない壁の穴、角を見れば虫の山、鼻を火であぶりたくなる悪臭。

 特に匂いはひどいものだ。動物の糞のほうが、まだマシな匂いがする。


 こんな場所で管理されている医療器具なんて心配以外の感情がわいてこない。


 案の定、健診所も雑の一言だった。

 目の前にあるのは少し茶色がかった白いテーブル1つが、汚い殺風景な部屋の真ん中に置いてある光景。


 何が起こるのか、何をされるのか、予想できない未来に戦慄していた俺たちにやつはまたも魂のない穏やかな声で語り掛けてくる。


「それでは準備のできた人から手を上げて教えてください。5分以外に上がらないようでしたら、私が適当に選びます」


 その言葉を聞いた瞬間、そこにいる者たちは自分以外の人間の目を瞬時に見た。もちろん俺もだ。

 誰かがやる意思を目に灯していないかを確認していた。

 「おい、どうする」「誰か立候補しろよ」「1番手はさすがに……」

 そんな声が聞こえてくるようだ。みんな本能的にこれからを恐れている。

 だからこそ、皆の視線が俺の目に行くのもすぐだった。


 俺は1番手に志願した。おそらく俺の手は他人から見てもわかるほど震えているだろう。

 怖いし、やりたくないに決まってるさ。だが、あれ()を見た以上、そんな感情は無意味だとわかった。

 そう思えば手を上げること事態は簡単だった。


「ほぉ。大した度胸ですね。1分もたたずして出てくるとは。勇気のある男、私は好きですよ」


「そういうのはいいです。早く始めましょう。もう、覚悟はできました」


 やつは変わり者を見るような目で俺を見ていた。少しポカンとした目で。


 健診自体はすぐに終わり、いよいよあれだ。

 やつに連れられ、テーブルに座ろうとしたが、そこでやつは全く想像もしていないことを言ってきた。


「ああ。それじゃダメです。うつ伏せになってください。それじゃ打てません」


 うつ伏せで打つ。つまり撃たれる場所は背中のどこか。まったく経験したことのない場所だ。正直怖くて仕方ない。


「じゃあ行きますよ~」


 俺はとっさに背中に力を込めた。

 しかし……やつが刺したのは首だった。それも首の血管じゃない。やつは脊椎を超えて脊髄に針を刺したのだ。


 絶叫した。まるで首の骨の中に蜘蛛が入ってくるような、脊椎の中に氷の棒を突っ込まれたような、そんなこの世のものとは思えない不快感と激痛が刺した瞬間にあった。

 だが、それだけじゃ終わらない。蜘蛛は俺の脊髄にしがみつき、脳へと這い上がってくるような感覚があった。


「ッアァァァ!来るな!来るな!来るなぁ!」


 俺はもう正気を失っていた。

 みっともなく泣きわめき、じたばたと暴れ、ベットから転げ落ち、自身の首を無意識に締め始め、かと思えば次は血を流すほど頭を強く搔き始めた。

 完全に自分だけの世界に入ってしまっていた。


「まあ、あれだけ動けるのなら、問題はなかろう。αタイプの実験は成功と見ていいな……」


 今の俺がかろうじて外の世界から傍受できたのは、視界に映ったやつ(ケアリー)の笑顔と、魂の入った穏やかな声だけだった。


 地獄はおよそ20分も続いた。泡を吹くという経験を初めて味わったよ。


 俺はようやく正気を多少は取り戻し、立ち上がろうとした。

 だが、その時気づいた。動けない。足と腕が動かせないのだ。なぜ?

 さっきまでサルのごとく暴れていたというのに、今は指先1つたりとも動かせない。


「おお、すごい。気絶せずに耐えるか。だんだん君のことが知りたくなってきたよ」

「今の君は脊髄にナノマシンがくっついたばっかで神経が麻痺している状態だ。少し待っていてくれ。今起こしてあげよう」


 やつはそう言うと小さなリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押した。


 次の瞬間、俺の中枢神経すべてに電流が流れたような感覚がした。

 俺はまた、口の中のつばをすべて出すほどのごとく叫んだ。さっきので心が折れかかり、やっと終わったと油断していた俺の心は、このショックを耐え切れなかった。

 俺はそのまま白目をむきながら気絶した。


 ◇


 目を覚ますとそこは牢屋のような空間だった。

 冷たく硬い壁、人を閉じ込めていると感じさせる鉄格子、雨漏りのする天井。寝覚めは最悪だ。


 よく見ると、上のベットにも1人寝ていた。十中八九、俺と同じように"あれ"で気絶したのだろう。


 首に異物感がある。まるで骨に虫が寄生いるような気分の悪さがずっとだ。

 いったい何を埋め込まれたのか、少なくとも、体に良いものではないことくらいは容易に想像できる。


 だが、その答えは思ったよりもすぐにわかった。声がしたのだ。頭の中から。脊髄を通って。


「制服ニ着替エ、広間ヘ集合スベシ」っか……。

 伝言のたびにこの首から頭を情報が駆けて行く感覚を味わうと思うと嫌になる。


 向かいのやつも信号に気づいたのか、飛び上がるかのように起き上がり、首を掻いているのか天井が揺れている。

 やっぱり誰もこの感覚は慣れなんだな。


 ◇


 広間へ召集された俺たちの前には一人の大男が現れた。


「ケアリーから話は聞いていると思うが、私がこの第136特殊機動歩兵部隊の隊長"コラルド・ペイン"である」


 コラルド・ペイン。恐ろしい隊長として有名なのは知っていたが、190は優に超えいるだろう体格、歴戦の兵士の証を示すような口の大きな傷、思ったよりも何十倍もおっかない人だ。


「単刀直入に言おう。貴様らは人間ではない!」

「これから貴様らは人間としての名を捨て、第136特殊機動歩兵部隊隊員としての番号が与えられる。よく覚えておけ」


 E-3番、俺の名前は今日よりE-3番となった。これじゃあもう家族とは呼べないな……母さん、エルヴィ()


「次に貴様らに埋め込んだ機器について説明する」

「あの機器の名は脊椎埋め込み型ナノマシン通称"ナノリンク"。同じナノリンクを持つ者同士での脳信号を利用した通信や、外部からの電波を受信することができるすぐれものだ」


 なるほどな。確かに、無線も使わず、思考するだけで味方と連携が取れるならあれほどの激痛を耐えたかいもあるかもしれない。


「では、2つ目の機能の説明へ移る前に、貴様らには入隊祝いをくれてやろう。ありがたく受け取れ」


 やつ(コラルド)はそう言うと後ろの部下たちに大きなダンボールを運ばせてきた。


 中に入っているのが、いいものじゃないことは、皆何となく予想している。

 俺たちは恐る恐る箱の中のものを見て一瞬固まった。


「(なんだこれ?)」


 きっと誰もがそう思ったことだろう。

 中に入っていたのは何かの端末だった。

 上部分は液晶画面、下部分にはよくわからないスイッチのようなものが複数ついており、片手で持てるほどのサイズだった。

 

「自身の寮相手の番号が書いてあるやつを取れ。早くしろ!」


 皆が困惑の表情を浮かべながら、その謎の端末を手にした。

 俺もE-4という番号が書いてある端末を手に取った。


「全員持ったな。よしそれでは2つ目の機能の説明に入る」


 そう言うとやつはポケットから、俺たちと同じ見た目の端末を取り出した。

 しかし、やつの端末には番号が書かれておらず、代わりに「コラルド」という文字が書かれている。


「2つ目の機能は発信機の機能である」


「この画面を見ればわかるだろうが、私の持つこの端末にはナノリンクを通じて、貴様らがどこにいるかがすべてわかる」

「逃げような馬鹿な真似は考えないことだな」


 やつは端末の画面には俺たちを示しているであろう赤い点がきっちり人数分あった。

 完全なる監視体制というわけか。


 だが、もとよりここに来た時点で逃げられると思っている奴は誰もいない。

 この程度のことくらい……。


「最後の機能はナノリンクの遠隔爆破機能だ」


「……は?」


 思わず小さくはあるが声が漏れてしまった。あいつは今何と言った?爆破?爆破!?


「万が一、敵前逃亡、脱走、裏切り、命令違反などがあった際には、この下のボタンでナノリンクを遠隔から爆破させることができる」

「もし、ナノリンクが爆破すれば、脊椎は粉々に砕ける。助かることは決してない」


 俺はその時のやつの顔を見て確信した「いざとなれば、こいつは"やる"」。

 そんな覚悟と執念を感じ取れた。


 ……というか、待てよ。じゃあ、俺たちの持っているこの端末は!?


「気づいている者もいるだろうが、それは同じ寮の同居ニンに関する発信機機能と遠隔爆破機能を積んだ端末だ」

「もし、同居ニンの脱走や裏切りを発見した場合、その端末を使用してもらう。常に監視し、監視されていると思え」

「136にいる以上、常に死を握られ、死を握っているという"戦場の感覚"を味わって、生活してもらう!」


 やっぱり、ここは本当の地獄。

 いや、地獄のほうがまだましかもしれない。


「説明は以上!端末を持った者は速やかに寮へ行き、就寝せよ!」


 ◇


 ここは最低最悪の部隊"第136特殊機動歩兵部隊"。決して逃げられない。誰一人さえも。絶対に……。


 俺の心はこの地獄に、この悪夢に、もうすでに押し潰されそうになっていた……。

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