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悪役令嬢に転生しましたが、婚約者がヒロインに8割方攻略されているのでそのままお譲りしようかと思ったのですが…。

作者: ふわふわ


悪役令嬢エリザベート・テイラー。

彼女は乙女ゲームに出てくるド派手美女だ。

金髪縦ロール、深紅のドレス、ボンキュッボン。

おまけに元平民のヒロイン、ソフィアをひどく嫌い取り巻きとともに虐げる。

その量産型悪役令嬢に私は今、転生している。


*。*。*。*。


気づいたのは今日の午後。

メイドがいれた紅茶がいつもより少し熱かった。

それだけの理由でいつものようにカップを床に叩きつける。

ガシャンという大きな音、恐怖に歪むメイドの顔。

メイドを罵倒する言葉を紡ごうと口を開きかけたその時、ドクンと身体の中でなにかが弾けた。

いつにない状況に慌てて助けを求めようと視線を彷徨わせる。

また始まったよと呆れ顔でこちらを眺める執事。

不興を買わぬよう怯えながら控えるメイドたち。

胸を抑え、浅く息をする。

きっと皆演技だとでも思っているのだろう、彼の気を引くための。

テーブルの向こう側には狂うほど愛したその人がいる。

侮蔑の顔でこちらを見る麗人。

その瞳はいつだって遠くを見つめて私を映さない。


「興が削がれた。失礼する。」


優雅に立ち上がり、振り返りもせず去っていく。

いつものエリザベートならば去ってしまう彼を引き留めるため、猫なで声で追いすがっただろうが今はそれどころではない。

目の前がちかちかする。

経験したこともない大きな頭痛に襲われ、前世の膨大な記憶が押し寄せてきた。

ここは乙女ゲーム『ハイドレンジア』の世界ーーー?

だって彼はーーーー。

痛みをこらえきれず、その場につっぷす。

切り分けられたケーキに顔面からダイブするという貴族令嬢らしからぬ姿で。


*。*。*。*。



気がつけば自室のベッドの上にいた。

怯えたようにご機嫌を伺うメイドを下がらせ、自分で紅茶をいれる。

前世でも今世でも茶葉から紅茶など入れたことがない。

ポットに茶葉を放り込み湯を入れしばらく待ってからカップに入れてみる。

ポットから紅茶だけではなく茶葉の欠片がめちゃくちゃ入った。

茶葉入り紅茶の完成。

味や見かけはともかく、いい匂いでなんだか落ち着く。

先ほどの彼はこの国の第一王子ラファエル。

私の婚約者だ。

銀髪碧眼、彫刻のように美しく見るものを圧倒させる。

外見は一級品。

しかしその中身は婚約者がいながらヒロインと恋におちるクズ。

確かゲームのホームページでは義理堅く誠実で一途なキャラとして乗せられていた。

浮気しといてどこがだよ。

突っ込みどころ満載だ。

ちなみに今ゲームのどの辺りかというと最終学年の秋口なので8割は終了している。

ラファエルはヒロインに惚れており最低限のエスコートはこなすものの、すべておざなりだ。

先ほどの茶会での態度といい、気持ちは明らかにヒロインへと向かい、エリザベートをかえりみることはない。

このままいくと秋~冬の間に学園内に魔物が現れヒロインは聖女として覚醒する。

聖女となった彼女は身分の差を乗り越え、ラファエルと結ばれる。

そして私ことエリザベートは悔い改め、真実の愛で結ばれた二人を祝福する。

という筋書だ。

エリザベートのその後は特に描かれることはないので破滅エンドがあるのかすら分からない。

今までゲームの筋書通りといっていいほどヒロインには数々の嫌がらせをしてきた。

ラファエルとの仲を引き裂こうと嫉妬にかられ、あれやこれ。

言えることから言えないことまで、だ。

まぁ婚約者がいる男に粉をかけた向こうも悪いのだが、一時の感情は置いておいて謝罪は必要だ。

これからどう行動していくか算段しつつ、前世では見たこともない豪華なベッドで再度爆睡した。


*。*。*。*。



お昼時。

取り巻きを引き連れてヒロインの元へ向かう。

いたいた桃色のふわふわツインテール。

あちらはあちらで攻略対象たちを侍らせている。

中には婚約者であるラファエルもいた。

ソフィアに近寄るな、一体なんのようだ、など攻略対象者たちの声がうるさいが一切無視して頭を下げる。


「エイベル男爵令嬢、申し訳ございませんでした。」


驚き、目を真ん丸に見開くソフィア。

それもそうだろう、昨日まで虐げてきた相手が頭を下げたのだから。


「どういうつもりだ!」


ソフィアの隣に座る顔の良い男が声をあらげる。

彼は…名前なんだっけ。

メガネキャラでヒロインの幼馴染みの…出てこない。


「殿下の気を引こうと何かたくらんでるんだろ。」


がたいの良い帯刀したイケメン。


「だろうな。そんなことしても意味ないのに。可哀想ー。」


腹黒そうなロン毛のイケメン。

名前が分からない。

だがこの国に公爵家は一つしかないので、王族であるラファエルを除けば皆家格は下である。

不敬にもほどがある態度だが、誰もそれを咎めるものはいない。

ラファエルはというと、沈黙を貫いている。

そもそもこのゲーム、あんまり面白くなかったのでラファエルのルートを攻略してから売ったのだ。

エリザベートとして生を受けてから王室に嫁ぐための妃教育や勉学に励むことはしたが平民や末端の貴族の子弟までは把握していない。

気を取り直して言葉を続ける。


「今までの仕打ち許されることではございません。いえ、許さなくて結構。ただ私は貴女に婚約者を取られたようで嫉妬していたのです。」


ざわつきはじめる周囲。

それもそのはず公爵令嬢であり、貴族至上主義で通していたエリザベートが突如元平民の男爵令嬢に頭を下げたのだ。

昨日までの態度と180度違うのも周囲が困惑する元となっている。

だがそんなことはどうでもいい。

衆目の前で謝罪したということが大事なのだ。

後ろに侍っていた取り巻きたちも続いて頭を下げる。

当初謝罪には難色を示していたが「ソフィアは聖女の可能性があり、このままでは罰せられるかもしれない」と伝えたらあっさり追従してきた。

さあ、あとはソフィアの言葉を待つだけだ。

イケメン達が口々に「許さなくていい」とか「ほおっておけ」とか言っているのが聞こえる。

本当にうるさい外野だ。

一拍の沈黙の後、桃色の唇がふんわり開かれた。


「エリザベート様、お気になさることはございません。誰しも間違いはございます。

私は貴女方を許します。」


随分と上から目線な言い方だ。

青筋をたてるとりまき達とは対照的に周囲からは感嘆の声が上がる。


「これからは学友として仲良くしてくださると嬉しいですわ。」


輝くばかりの笑顔がこぼれる。

さすがヒロイン。

だが正直人の男をとるような野蛮な輩と仲良くしたくはない。


「寛大なお心に感謝しますわ。では。」


にっこりと微笑み踵をかえす。

これで謝罪は終わった。

次はーーー。


*。*。*。*。



エリザベートの母親は彼女を産むとすぐに亡くなった。

父親は悲しむでもなく、すぐに違う女を連れてきた。

継母となった女には父にそっくりな2才の男の子がいた。

父の裏切りは明白だった。

結婚する前からの関係だったが伯爵令嬢であった母との婚約を破棄し、平民の女と結婚することはできなかったらしい。

しかし、母が亡くなったことで堂々と屋敷に迎えたというわけだ。

その事実を知ったのは10才の頃。

年嵩のメイド長が気まぐれに教えてくれた。

以来、平民が嫌いになった。

もちろん品のないことをふきこんでくるメイドも。

前世の記憶が甦った今となっては、身分に関係なく悪いやつは悪いし良いやつは良いということを知っている。

今から会うのは悪いやつ。

この世界で2番目に嫌いなやつだ。

もちろん1番はソフィアなのだが。

重厚な執務室の扉をノックする。

ここに来たのは数えるほどしかない。


「入れ。」


血の繋がった親子ではあるが、打ち解けた関係ではない。

自室で食事を完結させているので日常の食事を共にすることも、日々の出来事を話すこともない。

会うのは一週間ぶりだ。

随分と雰囲気の変わった娘に困惑しているのが分かる。

今朝から象徴的な縦ロールを辞めて、髪を片の下までの長さに切った。

あれをこしらえるのに毎日30分、しかもボリュームある巻き毛にするため尻の下まで伸ばしていたもんだから洗髪は40分かかっていた。合計70分削減出来たのだから大満足だ。

合理的ではないものはさっさと切るにかぎる。


「殿下と婚約破棄したいのです。」

「なぜだ?お前もこの婚約乗り気だっただろう?」


確かにエリザベートはラファエルを愛していた。

今も変わらずその気持ちはある。

しかし同じ感情が向けられないのであればそれは悲劇でしかない。


「殿下はエイベル男爵令嬢を愛しておいでです。」

「それがどうかしたのか?」


心底どうでも良さそうに返された。

こちらから視線を外し、書類仕事を再開し始める。

めんどくさそうな態度にだんだんイラついてきた。

この国の貴族は正妻以外に愛人を囲うことが慣例となっているのだ。

うちもそうだし、同級生にも妾腹の兄弟がいる子が多い。


「私は二心ある殿方が嫌いなのです。側妃を持つなど承諾いたしかねます。今度こそあの娘を殺してしまうかもしれません。」


妙に説得感が滲み出るセリフをお見舞いしてみた。

お前のことだよ、というメッセージを込めて。

案の定こめかみを揉んでいる。


「いいか、王家はお前を正妃にしてエイベル男爵令嬢を側妃にすることはなんら問題ないと考えている。」

「逆の立場になる可能性もあります。」

「それはない。妃教育を受けていないあの娘を正妃にすえることは難しいだろう。」

「では彼女が聖女だった場合はどうなのですか?」


考え込む父に追撃をかける。


「聖女を側妃に、とはできないな。」


聖女は建国の女神である創造神アドルフィーネの生まれ変わりだ。

ないがしろにすることは断じて許されない。


「だが、光魔法を扱えるものはザラにいる。」


そう、簡単なものなら私にも使える。

だが、中級以上となると極端に数が限られ、上級となると王宮魔道士すら行使できない。

その上級を学ばずして扱えるのがソフィアだ。

ま、今は誰も本人すら気づいていないのだが。


「ええ、ですが彼女が聖女だといずれ分かる日が来ます。そうたかをくくらずご確認なさったほうがよろしいかと。」

「生意気な口を…!何を根拠にそんなことが言える?!」


親切に教えてやったのに、この態度。

立場が下のものに対して声をあらげ、威圧する。

少し前のエリザベートそのものだ。

似た者親子すぎて嫌気がする。

だが私はもう変わると決めた。


「公爵家から寵愛されない側妃を輩出することに意味はないと考えます。お早めにご決断を。」


冷静に多くは語らず退出する。

公爵家は既に磐石な地盤がある。

父は誕生した孫を次の王に据え、実権を握ろうとしているのだ。

娘の幸せではなく、損得でしか考えられない親。

まあ、好きでもない女の子供なのだから家の道具程度にしか考えていないのだろう。

自分の子供にはこんな思いさせたくない。

絶対にだ。


*。*。*。*。



翌日、珍しい来訪者が訪ねてきた。

ラファエルだ。

一つ上の階にある彼の教室に押し掛けることはあっても、あちらから尋ねてくることはなかった。

教室内はざわつき、見とれて頬を染めるものまでいる。

「髪を、切ったのか?」

驚いた顔をして開口一番そうのたまった。

出会い頭にそれか。

むしゃくしゃしたので昨日さらに切ったのだ。

今ではショートボブになっている。

貴族の子女としてあるまじき姿だが、前世ではこれくらいの長さにしている女性はザラにいた。

頭が軽くて最高だ。

「私になんのご用でしょう?」

「少し話したい。中庭のガセポで。」

湖面のように深く美しい瞳には動揺した私の顔が写っていた。



ラファエルに出会ったのは10才の頃だ。

お城で開かれた貴族の子弟が集うダンスパーティーで初めて顔合わせした。

婚約が元々内定していたこともあり、ファーストダンスを彼と踊った。

こんなに素敵な王子様と結婚できるのなら人生捨てたものじゃないと思ったものだ。

それからは死に物狂いで妃教育や社交に邁進した。

孤独な境遇も忘れられ、やっとふさわしい女性になれたと思った矢先ーー。


ソフィア・エイベルが現れた。


憎いなんてものじゃなかった。

私には無いものを何もかも持っている。

愛してくれる両親、信頼できる友人、好いてくれる異性。

それなのにどうしてあの人までーーー。


「婚約のことだ。君は昨日ソフィアに誠意をみせた。なら私もうやむやなままでいることは許されないと思ってな。」


ラファエルの澄んだ声で現実に引き戻される。


「私は君ではなく、ソフィアのことを愛している。」


さらりと告げられた一言。

前世の記憶を思い出すまでもなく知っていた。

だって一度も私自身を見てくれたことなんて無かったのだから。

きっとここで婚約破棄を打診されるのだろうと思っていたのだがー。


「しかし、王政には公爵家の地盤が必要だ。君には申し訳ないがこのまま婚約者でいて欲しい。」


浮気を黙認しろということか。

これではあの父と同じだ。

ラファエルも他者の気持ちを踏みにじることになんのためらいもないのだろう。

自らが優先されて当然だと思っている。

がらがらと私の中の理想の王子様が崩れていく。

私は私の中の理想を彼におしつけ、愛していただけだった。


「殿下にまだ一縷の誠意がおありなのであれば、婚約破棄してくださいませ。」

「私も出来ればそうしたいが、それは出来ない。」


やっとのことで切り出した別れも、すげなく断られる。

ヒロインは愛しても悪役令嬢には一欠片の愛すらもくれない。

ヒロインには優しくできても悪役令嬢には優しくできない。

乙女ゲームのキャラクターとしてその様に作られているから?

違う、少なくとも私は私の意思で彼を愛した。

彼も私に惹かれるものが無かったから愛さなかった、ただそれだけ。


「お気付きではなかったかもしれませんが、私は心から貴方に恋をしていたのです。」


ラファエルの顔を見ることが出来ない。

こぼれそうになる涙をぐっとこらえる。

うつむいているからか消え入りそうな声しか出なかった。

締め付けられるような想いがうずまいて息をすることすら苦しい。

ここはゲームの世界なんかじゃない。

(私は今ここで意思をもって生きてるーー。)


「もう私を解放してくださいませ。」


そう告げた後、振り返ることなく立ち去る。

物陰からソフィアが走りよる姿が見えたが、視線で追うことすらしなかった。

私には二人がどうなろうともう関係ないから。


*。*。*。*。



それからしばらくは平穏な日々が続いた。

私が髪を短くしたことで、取り巻きたちはあっけなくはなれていった。

貴族の子女としての常識からはずれている行動ではあるが、真の友達なら離れていくはずがない。

所詮、家柄目当ての交際だったのだ。

父や義母は眉を潜め、義弟は罵った。

前世はクレームが日常のコールセンター勤めだったのでこういった対応はお手のもの。

のらりくらりとかわし現在に至る。

婚約破棄に関しては何も音沙汰がない。

おそらくソフィアが聖女として覚醒するまで動きはでないだろう。

となるとやるべきことは一つ。

庶民の生活を予習しておくこと。

廃嫡、修道院送り、処刑、愛のない結婚など様々な悪役令嬢エンドが考えられるがどれも味わってやる気などない。

貴族学園を中退したのと卒業したのでは聞こえが違うので卒業までは出来れば在籍するとして、その後は家を出て市勢に紛れて暮らすという計画だ。

ラファエルとはあれ以来会っていない。

茶会の申し入れも体調不良で断ってしまえばなんのことはなく、学園内でも彼の行動範囲は頭の中に叩き込まれていたので会わないようにすることは容易かった。

ありがたいことに日をおうごとに前世の感覚が強まり、彼への恋心は消え失せている。

あんなクズじゃなくこの世界には良い人だっているはず!


(そういう人と巡り会えたらな…)


だけど一人だって楽しく生きていけることを私は知っている。

誰からも愛されないのなら、自分で自分を慈しめばいいのだ。

来るべきご自愛生活に向けて着々と準備を進めた。


*。*。*。*。



そしてその日はやって来た。

学園の建物をゆうに越える大きさの魔物。

竜の姿はしているが、目には生気がなく自らの意思は感じられない。

誰かが召喚したのだろうか、うっすらと足元に魔方陣が光っていた。

ゲームのスチルで見るのとは訳が違う迫力に飲まれそうになる。

腐臭が立ち込め、咆哮での威圧も凄まじい。堅牢なはずの学園の外壁はあっけなく崩れ、侵入を許した。

飛び交う悲鳴や怒号で校内は大混乱に陥る。

我先にと逃げ出す生徒。

それを押し退け、教師がいの一番に逃げて行く。

やっとの思いで屋上に出ると、逃げ惑う生徒達が散らばったあとに男子生徒が腰を抜かして動けなくなっていた。


(あれ、これちょっとヤバくないか。)


魔物はみるみるうちに最後の防御魔法を突き破り一直線にこちらへ向かってくる。

助けようとするものはいない。


「ちょっとしっかりなさい!逃げるわよ!」


慌てて飛行魔法を使い彼のもとへ歩み寄る。

身体強化の魔法で軽々と担ぎ上げ、駆けつけた警備隊に引き渡した。

ゲームではソフィアが聖女に覚醒するまで暴れ続ける。

自らを守ろうとする攻略対象達が次々に傷ついていく姿を見て内なる力が解放されるのだ。

一応こうなる前に学園側に直談判はした。

魔物が出現する可能性があるからなんらかの対策をして欲しいと。

だが気のふれた令嬢の戯言と取り合ってくれなかった。

確かに最近のエリザベートの所業や貴族令嬢らしかぬこの短髪を見ればそう思うのも無理はないのかもしれない。

もっと良い方法があったのかもしれないが、この平凡な頭脳では思い付かなかった。

せめてもの償いとして人死にが出ないように努めることしかできない。

探索魔法で逃げ遅れた者はいないか探す。

北塔の23階に15人ー。

急いで駆けつけると逃げ遅れた生徒達で防御魔法をはっていた。

魔物はもう目と鼻の先まで来ておりこの人数を逃がすのは不可能だ。

視線をやると、そこには攻略対象者たちとソフィアもいた。

もちろんラファエルもだ。

魔物が到達し、大きな鉤爪がなんどもシールドに食い込む。

ラファエルの護衛騎士達は果敢に魔物に挑んでいるがまったく歯が立たない。

切りつけたそばから再生していくのだ。

ただの騎士ではだめだ。聖騎士でないと。

そして完全なる抹消は聖女でないとだめなのだ。

このままだと結界が持たないと攻略対象のメガネとロン毛が魔物へと挑む。

そのあとにこれまた攻略対象の帯刀したイケメンが続く。

ガタガタと震えるソフィアを守るようにラファエルは立っていた。

私はというと中程度の魔法をガンガン発動させ、護衛騎士と攻略対象者三人を擁護する。

中程度というのがミソだ。

小さい傷や打撲などは見逃して大ケガしないようにこっそりサポートする。

彼らが苦戦しているとソフィアが錯覚するように実に難しい塩梅で魔法を発動させなければならない。

さっさと覚醒しないかなとソフィアをチラ見するが、怯えてラファエルの背中に隠れるばかりでその兆しはない。

魔物はしびれを切らしたのか物理攻撃だけではなく魔法も展開するようになってきた。

咆哮したのちいくつかの魔方陣が展開され黒炎が襲いくる。

防御魔法でかろうじて防いでいるものの、もはや風前の灯、ミシミシとヒビが入ってきた。

外で戦っているもの達も新たに加わった魔法を避けるので精一杯でこちらの方にまで気を回すことはできない。


パリンッーーー。


大きな音を立ててシールドが壊れる。

もう私たちを守るものは何もなくなった。

複数の炎が襲いくる。

恐怖に震える生徒達の前に再度防御魔法を展開する。


「私が魔物の核を壊す。時間稼ぎを頼む。」


突如ラファエルの凛とした声が響いた。

その声に応じて護衛騎士、攻略対象達が動く。

私はもちろんのこと彼らも大分疲労しているが最後の力を振り絞る。

王族だけあってラファエルには膨大な魔力がある。

彼の術式なら魔物の勢いを削げるかもしれない。

聖女として覚醒して欲しかったが、もう色々大変すぎてそれどころじゃない。

あと少しーーー。

魔法発動に入ろうとしたその時、魔物からラファエルに集中砲火が放たれた。

(ここからじゃ間に合わない!)

なぜだか分からない。

最低のクソ野郎と思っていたのに、気づけば身体が勝手に動いていた。

瞬時に身体を最大強化させ、ラファエルとソフィアを突き飛ばす。

未熟な防御魔法しか展開できず、もろに黒炎を食らった。

壁にしたたか身体を打ち付け、クズおれる。

それでもなんとか立ち上がると、目を見開き怯えた表情の彼女が目に入る。

これ以上は待っていられない。

全身を打ったせいか身体中が悲鳴をあげている。


「貴女は聖女なの、さっさと目覚めなさい!」


放心状態のソフィアに渇を入れる。

早く覚醒してもらわないと死んでしまいそうだ。

びくりと震え、「私が聖女?」とか小声で呟いている。

ラファエルは無事なようで護衛騎士達に助け起こされていた。

まばゆいばかりの光が辺りを照らし始める。


「私がみんなを救う…!」


(あぁ、やっとか。)

意識が遠退いていく。

ブラックアウトしていく視界の端にちらりと碧眼が煌めいた。


*。*。*。*。



数日後ーーー。

ラファエルが見舞いに来た。


「調子はどうだ?」

「ご覧の通り、もうすっかり元気ですわ。」


ベッドから起き上がり微笑んでみせる。

憂いている表情も麗しいのだが、中身はクズだと知っている。

もうときめくことはない。

このたび王家からは正式に婚約破棄が言い渡された。

私の片頬には魔物の黒炎によるやけど跡が残っている。

魔物の傷をおった者を血筋に加えることは出来ないとの判断らしい。

聖女の力をもってしても回復させることが精一杯でやけど跡までは消せなかった。

目の下から口許にかけて大きく広がるその跡だが、化粧で隠せる程度の色味。

そんなに悲観してはいなかった。


「もう婚約者でもないのですし、見舞いに来ていただかなくて結構ですわ。魔物の汚れが殿下にうつっては困ります。どうかお引き取りを。」


私たちは婚約者という間柄ではなくなり、代わりに聖女に覚醒したソフィアとの結婚が確約されている。

沈黙が訪れる。

先に口火を切ったのはラファエルだった。


「それはただのやけど跡だ。汚れなどでないことは君も知っているだろう?そんなことはどうとでもなるから気にしなくていい。私は君を娶ろうと思う。」


は?


「その傷ではもう他に貰い手がつかないだろう。それに…」

「そのようなこと殿下には関係ございませんわ。エイベル男爵令嬢とお幸せに。」

「彼女のことはもういい。そんなことより君に嫌疑がかかっているんだ。魔物を呼び寄せたのはテイラー公爵令嬢だと。」


は?

いったい全体なにがどうなってそうなった?


「このままいくと良くて修道院、最悪処刑だ。」


ラファエルによると私が魔物襲撃を学園側に予言するような報告をしていたことが問題になっているらしい。

慌てていたというのもあるが、その線を加味していなかったなんていささか軽率すぎた。


「私はそんなことしていません!」

「だろうな。魔物の召喚や誘引は高度な知識が必要だ。君にそんな知恵があるとは思えない。」

「そうですわね。殿下のように優秀で主席をはるお方なら出来るかもしれませんが。」


にこりと微笑んで返す。

それにしても随分と失礼な言いぐさだ。

はて、彼はこんな感じだっただろうか。

いつも茶会の際にはつまらなそうに黙っているか、途中退席するかだったのであまり分からない。

しかしどうとらえたのかラファエルはというと、見たこともないような薄ら寒い笑みを浮かべていた。

それを見てこちらもゾクリとする。

おかしいとは思っていたのだ。

ラファエルほどの実力者が加勢して倒そうともせず、終盤に入るまでずっと突っ立ってソフィアのそばにいた。

怯えるソフィアを思いやってのことだと思っていたのだが、まさか…


「公爵や君の元取り巻き達によるとソフィアが聖女として覚醒すると知っていたそうだな。君はどこでその情報を得た?」


ラファエルがじりじりと間合いを詰めてくる。

質問には答えず、そろそろとベッドの壁際まで移動する。

怖い怖すぎる。

魔物の件が無事終わったと思ったら次はお前か。

怯える私とは対称的にラファエルはなぜだか楽しそうだ。


「まぁ話せないのならそれでいい。君に助けられたことは事実だからな。」


とうとう壁際まで追い詰められラファエルの腕のなかに閉じ込められる。

恐怖で頬がひきつる。

壁ドン、こんな形で経験したくなかった…。


「ただの高慢な女かと思っていたが、君はソフィアより面白そうだ。」


うっそりと微笑みこちらを覗き込んでくる。

こちらが素なのだろう。

恋に恋していたエリザベートはまったく気がつかなかった。

二面性アリ自己中浮気サイコ野郎と脳内データを改めて書き換える。


「このままだと処刑まっしぐらだが、王族になってしまえば話は別だ。ソフィアが聖女だという件と魔物が出現する情報は王家で把握していた。輿入れする君が知っていたとしても不自然じゃない。君が潔白となるよう力添えしよう。」


ち、近い。

こんな美しいイケメンに壁ドンで喋られたらどんな女性でもうっとりするのだろうが、今は恐怖が勝っている。

それを見て笑みを深めるラファエル。


「どうする?」


この手を取るのか取らないのか。

とんでもない腹黒王子様がいたもんだ。

こうなってしまった以上、市勢で暮らすのはもう無理だ。

脱走してもエリザベートの実力ならすぐ捕まってしまうだろうし、公爵家の面々がかばい立てしてくれるとも思えない。

良くて修道院、最悪処刑。

………。

死か生かなら答えは一つしかない。


「よ、よろしくお願いします。」

「あぁ、よろしくエリザベート。」


楽しげに碧眼が細められた。

(この人はこういう人だったのかーーー。)

初めてその瞳に私が写っている気がした。




fin


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