1-① 戸山の王子様
「圭吾!来週日曜空けておいて」
「あれ、乃々花の大学行くって話?」
「そう!それに『日本一の大学祭』だし」
新宿区にある戸山大学の「戸山祭」は、来場者日本一を誇る大学祭であり、大学自体、私学でも100年以上続く伝統校である。そんな大学に従兄弟が入学し、一人暮らしを送りながら稀に我が家に訪れ食卓を囲んでいる。
「人多いんだろうなぁ」
2日間で約20万人と、大学1つのイベント事とは思えない規模の大きさを数字が物語っている。
「私の書いたやつ探してみてねぇ」
「どうせ百合かハーレムモノだろうよ」
「教えないし」
乃々花が隠し事や嘘をついている時、左手で首裏を触る癖があり、どうやら図星のようである。教えられた所で、ペンネームも把握しているためにまだまだ詰めが甘い。
「そういえば圭吾編集でしょ?スカウトしちゃいなよ」
「うち部署BL専門だしなぁ」
「書いてる人いるよ」
「どういう子?」
「圭吾より背が高くって、男女から好かれてて、あと猫が好き」
「他には?」
「んんっと、文芸部のサークル長で、芥見賞の候補に挙がったらしいよ。不思議なオーラみたいなの放ってて、戸山の王子様ってみんな呼んでる」
男子が今どきBLを読んだりすることも今やそこまで珍しくはない。文芸部に寄るならば名刺のひとつ渡しておきたいところだ。
「ただ…」
「?」
「ただ編集がコロコロ変わってて、ついていけないとか、天才って感じするよねぇ」
「それ典型的なダメなやつ。」
私には漫画家の友人がいる。そいつは元々週間少年フライ!で15歳にして担当編集を持っていた。きっかけはSNSで声をかけられて交流が始まったそうだが、会話が苦手だったその友人は無視を続け、担当は外され、他の出版社からの連絡も無視し、今同人誌を頒布しながらフライの新人賞を狙うため1人漫画を描いている。
「スカウトしようかなぁ」
「その人はしちゃダメだから!〝橘先輩〟は私のモノだもん」
たちばな…名前は覚えておくとしよう。
「じゃあ二股で〜」
反抗しようにできないのか、僕のトレーから唐揚げ南蛮を2つも強奪し口に頬張りご飯をかきこんでいる。
「おいそれ俺のだぞ」
「二股するにも〝恋人〟作れるといいねぇ」
まるで嘲笑されているような笑みと台詞が自分の心に突き刺さる。乃々花はもごもごと何かを話そうとしているが、何を言いたいのかがさっぱり分からない。
「飲み込んでから話しなさい」
日曜に外に出たのは久しぶりな気がする。性格上、家でゲームをするかネットカフェでマンガを読むかの2択である。後者に関しては漫画が読める上に経費として落ちるのでとてもありがたい。戸山大に行くのは受験以来のことで、5年ほど前に受験生だったことが懐かしく感じてしまう。電車内は戸山駅に近づく度に人が増えていき、駅に着いてから早速誘導が始まっていた。
「何この人の量」
警備隊や警察が導入され、右へ左へと流れていく人に誘導案内を行っている。校内に入るとどこを見ても人の塊が見え、人の入るスペースの1つもなさそうだ。母親を連れて大学へ向かい、乃々花のいる場所へと向かっていた。
「乃々花はどこ?」
「あの館だって」
小分けにされながらも、棟の一つ一つ大きい。『文芸部3階』というガラスに貼り付けられた文字が目に入り、中へ進むと人は先程までの人の数はおらず、階段を上り文芸部の教室についた。中に入るのに人が並んでいるようで、話を聞いてみれば新刊を買うのに並んでいるそう。新刊は乃々花を経由して受け取るとして、本人がいるのかを見るために教室の中に入った。
「すみません、一ノ瀬さんっていらっしゃいますか?」
「乃々花?どういう用件?」
「敬語を使え1年」
文芸部にそぐわない褐色で金髪のいかにも遊んでいそうな人が質問に対応したが、下の名前で呼ぶような間柄なのかが気になる。
「私乃々華花の従姉妹なのですが、お兄さんはどのような間柄なんですか?」
「ん?これ?」
両手でよく分からないジェスチャーをしだして、何者なのかがよく分からなくなる。大学公認のはずである本サークルだが、こんな人な戸山生なのかが気になり嫌悪から興味へと変わった。
「今ちょうど買い出し行かせちゃって、10分もすれば戻ってくると思いますよ。」
「分かりました、ここのやつ読んでも大丈夫ですか?」
サークル員の短編小説がまとめられた本が並べられた机にいくつも置かれている。その中にはBLも含まれており、中でも橘律という人の作品が男性同士の恋愛の駆け引きが巧妙で、その洗練された文章からは音楽と映像が映し出されるような幻覚すら覚える。
「すみません、私月間amourの三浦圭吾と申します。もし良ければお話を伺いたく」
廊下を駆ける音がこちらに近づき、床を残像を見たようなスライディングして、見覚えのある顔と目が合った
「圭吾!それに葉月さん、」
「乃々花何それ」
「食べ物だよ?こっちがたこ焼きで、こっちがケバブ、あとチュロスにポテトに」
透明な袋に食べ物が溢れんばかりに詰め込まれ、その袋の上から指をさして説明する。本来食べ歩きのものなので、潰れていたり液が漏れてないかは心配なところ。
「何円した?」
「2万くらいかな」
「誰が渡したお金全部使えって言った!あと渡してない1万どっから」
「部費から貰えますよねセ・ン・パイ」
あまりのあざとさに別人かと思う程の乃々花である。
「ケチだなぁ〜圭吾も食べよ、ね。」
「さすがにケツは拭けんぞ」
「チッ」
あぁ、いつもの乃々花だ。
「次から飯なしな」
「あぁわかったってわかったって三浦様ごめんって」
終始慌てた表情で袋を持ちながらジェスチャーするももう既に味方はいないようだ。
「食事代に関してはこちらで何とかするので、良ければ一緒に食べますか?」
「はい…」
このツケは誰に回るのだろうか。
「こっちが三浦圭吾君で私の従兄弟、こっちが圭吾くんのお母さん」
「三浦圭吾と申します。いつも従兄弟の乃々花がお世話になっております。」
「母の葉月です。」
「先程はお騒がせしました、副会長の白鷺獅音と申します。」
「俺?風見陸」
先程のチャラそうな人だ。相変わらずその態度は変わらないらしい。
「人前だぞ陸、すみません調子狂わすような真似して。」
「いえいえ、」
「あの、〝たちばな〟という方がいると聞いたのですが、その方は」
黒髪の人が会長室のようなところからのそのそとしゃがみながら歩き、静かにとジェスチャーを送る。
「あの人基本自由人なんで、シフトも終わってどっか行ったかと」
「ばぁ」
耳元まで口元を近づけ手を方に乗せる。まるで生霊のような登場の仕方に白鷺さんとひとつの机が大きく空に跳ねた。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「驚かせてごめんね、獅音は反応が面白いから、ついからかいたくなって」
「律ぅぅ!いるなら最初から言いなさいよ」
すらっとした背丈、人を惹きつける魔性の魅力。多分この人で間違いない。
「橘さんってこの人?」
「そそ、橘律先輩」
「いつからいたんですか?」
「ん?ずっと居たよ?机の下が好きだから」
音1つしなかったから気が付かなかった。
「BL雑誌月間amour編集部の三浦圭吾と申します。橘さんの書いた作品読ませていただいて大変良かったです。」
「嬉しい、ありがとう。」
「もし良ければ今度お話伺えますか?」
「やだ」
「えぇ…」