焔雪庵
夜の帳が下り、街の明かりが揺らめく頃。ギルドの帰り、シンヤ、モグ、ティルの三人は目指していた店の前に立っていた。
そこは、ひときわ異彩を放つ和の佇まいの建物だった。木造の門構えに、赤と白の暖簾がかかっている。ほのかな湯気が隙間から立ちのぼり、空気はほんのりと甘く香る。
「ここか……焔雪庵」
シンヤが静かに呟くと、ティルが扇子を閉じた音がぱちんと響く。
「まさか本当に炎と氷のサラマンダーが接客するとはね……身体、溶けたり凍ったりしないだろうね?」
「やけどと凍傷で病院送りってオチは嫌だぜ……」
モグが苦笑しながら腕を組む。
と、その時、店の暖簾がふわりと揺れ、数人の男たちが中から出てきた。どの顔も精悍で、どこか凛々しい。
「……なんか、やたらキリっとしてねぇか?」
「表情が……整ってる、というか……あれが“ととのう”ってやつなのか?」
その姿に、三人は思わず唾を飲み込む。まるで何かを乗り越えた者のような、妙な説得力があった。
そして彼らと入れ替わるように、三人は暖簾をくぐる。
中は和の静けさを湛えた空間。木の香り、温もり、ほんの少しの蒸気。畳敷きの待合には、ふわりとした座布団と冷たいお茶の用意がされていた。
「「 いらっしゃいませ 」」
声がした。その声は、まるで焔のように艶やかで、雪のように静謐だった。
見ると、奥から姿を現したのは、双子のサラマンダーの娘たち。姉の緋音は、艶やかな赤髪と琥珀の瞳を持ち、着物の裾から伸びる尾がほのかに発光していた。
妹の氷花は、銀髪に青白い肌をもち、視線に微かな冷気が漂う。
二人はシンヤに視線を向けると、にこりと微笑んだ。
「あなたが……シンヤ様ですね」
「旅人の間で噂される、あの“レビュアー”の……♡」
「本日は、ご来庵ありがとうございます。姉妹共々、精一杯おもてなし致しますね」
緋音が前に出て、上品に一礼しながら語りかける。氷花も並ぶようにして、ほんのりと首を傾げる。
「本日は少々混み合っておりますが……シンヤ様方には特別に、個室をご用意しております」
「炎と氷のぬくもりを、どうぞご堪能くださいませ」
まるで舞うような仕草で緋音が先導する。氷花はその後ろで、ふわりと微笑んだままついてくる。
三人は顔を見合わせ、無言で頷くと、姉妹の後に続いた。
緋色と白銀の尾が揺れる廊下を歩くその先に、彼らのまだ知らぬ“整い”の時間が、静かに待っていた。
襖の奥へと続く廊下は、ほんのりとした湯気と香が漂う幻想的な雰囲気だった。淡い照明の下、姉妹に案内されながら、三人はそれぞれの個室へと向かう。
「それじゃ、健闘を祈る……」
シンヤが一言呟くと、ティルとモグが顔を見合わせた。
「君こそ“レビュー王”の名に恥じない整い、見せてくれよ」
「うむ、ワシはふとももに殉じよう。後悔はしない……!」
それぞれが襖を開け、静かに個室へと入っていく。