火と氷の娘
ギルドの談話室は、今朝も活気に満ちていた。依頼の報告よりも、話題の中心は例の“スライム娘の店”についてだった。
「ぷにぷにして最高だった」「あのとろける抱き心地は反則だ」と、冒険者たちは口々にのろけている。
その掲示板の一角、手書きで妙に熱のこもったレビューが張り出されていた。
筆者:シンヤ。
毎度のように異種族娘を褒めちぎるその文は、どこか誠実で、読み手をくすぐる。
「まったく、またこんな記事を……ギルドの掲示板は公共の場なんだから」
リアは呆れ顔で口をとがらせながらも、その目はどこか柔らかい。
「でも……まあ、ここが明るくなったのは、あの人のおかげよね」
掲示板の前で騒ぐ冒険者たちを横目に、彼女はこっそりと息をついた。
その背後から、同僚の女の子がそっと覗き込んでくる。
「リアさんってさ、シンヤさんのこと、好きなの?」
「は、はぁ!? なに言って……べつに、そんなわけないでしょ!」
顔を赤らめたリアは即座に否定するも、目は泳ぎ気味だ。
「でも、けっこう気にしてるじゃん。私には無理かな~、ああいう女に溺れる人。真面目な人の方が好み」
「……私だって、最初はそう思ってた」
ぽつりと漏らしたその言葉が、自分でも驚くほど素直だった。
――あれは、少し前のこと。リアの故郷で、魔物が出たという報告が届いた。
「討伐依頼? また田舎の小競り合いかよ。報酬、安すぎない?」
「うーん、近くの鉱山にも被害が出てるらしいけど……メリットは薄いな」
ギルドの冒険者たちは、興味を示さなかった。確かに、金にも名声にも繋がらない依頼だ。
でも、そこにはリアの家族がいた。
不安と焦りが胸を満たし、どうしても落ち着かなかったあの日。
「よぉ、これ受けとくわ」
ふと声をかけてきたのが、他でもないシンヤだった。
「……あなたが? 本気で言ってるの?」
「あぁ。たまには田舎でのんびりもいいかなーと思って」
軽口を叩くその横顔を、リアはじっと見つめていた。
「無事でいて……お願いだから、何もありませんように――」
数日後、シンヤは何事もなかったかのように戻ってきた。討伐も、被害の防止も、完璧だった。
報酬を受け取る際、リアは思わず声をかけた。
「どうして、引き受けてくれたの?」
「……ああ。リアの出身地だったろ? 表情が心配そうだったし。リアが悲しんだら、こっちまで嫌な気持ちになるしな。
……それと家族から。"私たちは大丈夫よ、元気だから。リアも体調には気を付けてね"ってさ」
照れたように頭をかくその仕草が、妙に印象に残った。
ただの女好き。軽薄で軟派な冒険者。
――そう思っていたはずなのに。
彼の言葉の裏に、誰かを思いやる静かな芯の強さを感じてしまった。
その日からだった。リアの中で、彼の存在が少しずつ変わっていったのは。
「――ったく、何を思い出してんだか」
リアは小さく首を振って、自分を取り戻した。頬がまだ熱い。
視線を掲示板から食堂へと移すと、ちょうど扉が開いたところだった。
「おー、今日も空いてるな!」
軽やかな声と共に入ってきたのは、いつもの三人組。
先頭を歩くのはシンヤ。相変わらず気楽そうな笑顔だ。
その後ろに、ずんぐりとした体格のモグ。ふとももに定評のあるドワーフだ。
そして一歩引いて、冷静な顔つきのエルフ、ティルが肩をすくめていた。
「今日は……岩盤浴だってさ。サラマンダーの姉妹がやってるんだって?」
「フレイムとフロストていうサラマンダーの種だろ。火と氷の双子かぁ~、ロマンあるな!」
「整うどころか魂が持ってかれそうだ。冷やされた後に、今度は熱々の胸に包まれるんだろ? まったく、業が深い」
三人はテーブルに腰を下ろすなり、飯もそこそこに次の異種族娘の話題で盛り上がりはじめた。
その熱量に、他の冒険者たちも耳を傾ける。ギルドはまた少し、騒がしくなっていく。
そこへリアが盆を持って近づいてきた。湯気を立てるシチューをテーブルに置きつつ、じと目でシンヤを見つめる。
「まったく、朝から女の話ばっかりして……ギルドをなんだと思ってるのよ」
「ギルドで一番“癒し”の話題が出る場所になっただけさ。平和の証拠だろ?」
「はぁ……ほんと、どうしようもないんだから」
呆れたように言いながらも、リアの声はどこか楽しげだった。
その視線が、シンヤの横顔にふと止まる。
そして、小さく息をついた。
――本当に、どうしようもないんだから。
「さて、今日も行くかー!」
ティルとモグが苦笑した