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甘やかしの原点

 昼下がりのギルド食堂は、いつもより少し騒がしかった。

 木製の長テーブルには、肉料理の皿と泡立つ酒樽、そして仕事を終えた冒険者たちの緩んだ空気が並んでいる。


「いやぁ、今日の依頼は当たりだったなぁ!」


 豪快に骨付き肉をかじりながら、モグが腹の底から笑った。

 ドワーフらしい太い腕が、机を揺らす。


「三人で受けた討伐だったが、まさか追加報酬が出るとはな。素材の質が良すぎたらしい」


 対面でカップを傾けながら、ティルが淡々と補足する。

 理知的なエルフの目は冷静だが、口元はわずかに緩んでいた。


 そこへ、トレイを抱えたリアが歩み寄ってくる。


「はい、お待ちどうさま。……今日はずいぶん景気がいいじゃない」


 焼き立てのパンとスープを置きながら、値踏みするように三人を見る。


「おう! 久々に大漁だ!」

「ま、腕がいいからね僕たちは」


 モグが胸を張り、ティルは否定も肯定もしない。


 だが――。


「…………」


 その横で、シンヤだけがスプーンを持ったまま、うなだれていた。


 肉にも酒にも手をつけず、どこか遠くを見るような目。


「……ちょっと」


 リアが眉をひそめる。


「どうしたのよ。報酬が少なかったわけでもないでしょ」


「腹でも壊したか?」

「珍しい、シンヤが黙るとは」


 モグとティルが揃って首を傾げる。


 シンヤはしばらく沈黙したまま、やがてぽつりと呟いた。


「……初恋がしたい」


「は?」


 リアが即座に眉を吊り上げた。


「なに言ってんの。はいはい、いつもの冗談でしょ」


「違う」


 シンヤは顔を上げ、真剣な目で言った。


「最初の頃を思い出したんだ。異種族の店に初めて足を踏み入れたときの、あの気持ち」


 モグが肉を噛むのを止める。


「……ほう?」


「ドアを開けるだけで心臓が跳ねて、目が合っただけで舞い上がって……

 ただ優しくされただけで、世界が輝いて見えた」


 シンヤは自嘲気味に笑った。


「今の俺はダメだ。不純が宿ってる。

 欲望に慣れすぎた。大人になりすぎたんだ」


「ふむ」


 ティルが顎に手を当てる。


「でも、不純とは探求への入口だ。

 男が女を理解するために欠かせない感情でもある」


 そして、にやりと口角を上げた。


「つまりだ、シンヤ。君は女を欲している。

 さぁ、今日のお店はどこにする? いつもの名店でいいだろう?」


「やだ」


「……は?」


「やだやだやだやだぁっ!!」


 シンヤは椅子にもたれ、子供のように駄々をこね始めた。


「もうやだ! 甘やかされたい!

 献身的に! 一方的に! 理由なく! 愛されたい!!」


「うわぁ……」


 モグが素直な感想を漏らす。


 その瞬間。


「……ふ~ん」


 リアが小さく息を吸い、背筋を伸ばした。

 襟元を正し、胸を張る。ほんのわずか、わざとらしいほどに。


「アンタ、彼女がほしいのね?」


 ちらり、ちらりと視線を送る。


 シンヤは一瞬黙り、そして即座に突っ込んだ。


「不純ババァ」


「誰がババァよ!!」


 バシン、と配膳用のトレイがシンヤの頭に炸裂する。


「まだ若いわよ!!」


「いったぁぁ……!」


 頭を抱えて悶絶するシンヤ。

 だが次の瞬間、ふっと口元を歪め、不敵な笑みを浮かべた。


「……ふふ」


「おい、壊れたか?」

「精神鑑定が必要では?」


 モグとティルが身を引く。


 シンヤはゆっくりと立ち上がり、宣言した。


「思い出した」


 その声は妙に晴れやかだった。


「献身の権化。甘やかしの原点。

 店文化の始まりにして、今なお伝説」


 三人を見る。


「あの店があっただろ」


「あの店?」


 ティルがカップを置き、首を傾げた。


「そんな顔をするなよ」


 シンヤは得意げに鼻を鳴らす。


「幽雅亭――ルミナ・レイス。聞いたことくらいあるだろ」


 モグが眉を上げる。


「ほう、随分と洒落た名前じゃねぇか」


「時代を経て、形も種族も変わった。

 昔は神殿だったとか、宿屋だったとか、孤児院だったなんて説もある」


 シンヤは指を一本立てる。


「だがな、どんな姿になっても、ひとつだけ変わらないものがある」


「奉仕の精神、だろ」


 ティルが静かに続きを拾う。


「その通り」


 シンヤは頷いた。


「元祖から受け継がれる、“誰かのために在る”という思想。

 今は……メイド喫茶として営業してるらしい」


「……ふ~ん」


 リアが腕を組み、半眼でシンヤを見る。


「今のアンタには、ぴったりかもね。

 甘えたい、愛されたい、献身されたい……って」


「だろ?」


 シンヤは一瞬だけ誇らしげに胸を張る。


 ティルは小さく笑った。


「たまには純粋な愛に触れるのも悪くない。

 しかも、あの店は“待っている”らしいからね」


「待っている?」


 シンヤが聞き返す。


「何をだ?」


 ティルは意味ありげに目を細めた。


「――御主人様、だそうだ」


「ははっ」


 モグが吹き出す。


「メイド喫茶に来る客なんざ、みんな御主人様だろうよ」


「違う」


 ティルは即座に否定した。


「“本物”の御主人様、だ」


 一瞬、沈黙。


 そして、シンヤが声を上げて笑った。


「いいじゃないか」


 椅子を引き、立ち上がる。


「なってやろうじゃないか。その御主人様に!」


「お、乗ったな」

「研究対象としても興味深い」


 モグとティルも立ち上がる。


 三人は顔を見合わせ、どこか少年のような期待を共有したまま、ギルドの出口へ向かって歩き出した。


 ――その背中を、カウンター越しに見送りながら。


「……献身」


 リアは、ぽつりと呟いた。


「メイド……ね」


 その声は、わずかに複雑だった。

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