お手上げかな
後日、夕暮れのギルドは、依頼帰りの冒険者たちで賑わっていた。
その一角、丸テーブルを囲むようにして、シンヤ、ユラ、イルカ娘が座っている。
リアは手慣れた様子で飲み物を運びながら、耳だけは彼らの会話にしっかりと向けていた。
リアは軽くため息をつきつつ、切り込む。
「で、偵察のほうはどうだったのよ?」
問いに、シンヤはふっと口元を緩め、どこか誇らしげに言い放った。
「最高だった! 文句なし! 何度も通いたいって思ったなマジで。楽しかったぞ、ルクシア・モール」
その勢いに、ユラはうんうんと無邪気に頷き、イルカ娘も一瞬、顔を綻ばせた。けれどすぐに目元を細めて真面目な顔に戻る。
「あの範囲で、たくさんの異種族娘と遊んで、食べて、癒される。それ以外の目的で日用品まで取り揃えてある。買い物のついでに異種族娘と触れ合うなんて環境、なかなかないだろ?」
指を折りながら語る彼の声には、単なる色気だけではない熱があった。
「しかも、安い。だけど質は高い。誰だって満足できる環境。さすが御貴族様って思ったね。あれはすごいよ」
リアはジト目で睨むようにして言った。
「……あんた、ただ遊んだだけじゃないでしょうね」
「ふっ、ちゃんと見たぞ」
ふざけた笑みを浮かべながらも、目は真剣だった。
「異種族娘と客との距離感。推しに向ける理想の温度差。君がなんとかしたいって気持ちは、ちゃんと伝わったよ。俺たちの目的は同じだ――全ての異種族娘が、楽しく笑えるようにすること。だから……」
バン、とテーブルに何かを広げた。
それは一枚の紙だった。ざっくりした地図に、ルクシア・モールと周辺の常連店が可愛らしい線で結ばれ、各店の横には丸い枠が描かれている。
「これ、なに?」
首を傾げたユラに、シンヤは得意げに胸を張る。
「名付けて、スタンプラリーだ! お店に遊びに行ったら、スタンプを押してもらう。掲載店をすべて回り切ったら、どちらのお店も一回ずつ無料で遊べるのさ。ルクシアと常連店の“はしご”、推しを探す旅だよ」
可愛らしい線やイラストからして、どう見てもシンヤ本人が描いたらしい。ユラは「かわいい……」と呟きながら眺めていた。
「なるほどね。客にとっては、嬉しいかも。でも――現実を見なさいよ」
リアの声は少しだけトーンを落とす。
「ルクシア家にとって、常連店なんて“潰れた方が楽”でしょ。ルクシア家には何の得もない。今のままのほうが、ずっと集客も利益もある。わざわざ客を逃すような案、受け入れるわけがないじゃない」
場の空気が一瞬、静まる。
その言葉は事実であり、冷たい現実を突きつけたものだった。
だが、シンヤはその沈黙すら計算に入れていたように、笑みを崩さない。
「……考えたんだ。どちらにも得があればいいなって」
すっと立ち上がり、手を大きくかざして言葉に熱をこめる。
「スタンプラリーはただの遊びじゃない。その道中には飲み屋や露店、各種のお店が並んでる。しかも、今は各国の行商人まで来てるだろ?
つまり――異種族娘の店文化が、外の人間にも自然と宣伝されていくってわけだ。国の外にも広がって、もっと大勢が来るようになる。経済は回るし、客足はむしろ今以上に伸びるはずだ。
ルクシア家にも利益はある。誰も損しない。みんなが潤う!」
一呼吸、置くように言い終えた。
それは理想論ではあるが、熱意と実行力をともなった現実的な提案だった。
「……これなら、反対はないかもしれません」
そう呟いたイルカ娘の声には、ほんの少し希望が混じっていた。
ユラは驚きと尊敬の眼差しを向け、リアは目を細めて無言でシンヤを見つめる。
女好きと揶揄されがちなこの男が、
ここまで本気で異種族娘たちのことを考えていたなんて――
今、ギルドの空気が、少しだけ変わった。
「ホントに……ちゃんと考えてたんだね、シンヤ……」
ユラが小さく呟いた。声には驚きと、そして少しの安堵が混ざっている。
彼女の視線は、信じたい気持ちと、これから起こる変化への希望に揺れていた。
「これで、常連店の問題はほぼ解決だな」
シンヤは頷きながら、軽く息をつく。
「――あとは、ルクシアのほうだ。客と異種族娘の距離感っていうか……お互いを知るためにはどうしたらいいか」
ちら、とイルカ娘の方を見る。
その目は、真っすぐで、迷いがない。見透かすように、見据えるように。
「……会員カードを作ればいい」
ポツリと出たその案に、皆が耳を傾ける。
「客に、好きな異種族娘を指名してもらう。通えば通うほど、ランクが上がる。
それなら、お互い顔を覚えるし、サービスの中身も“関係性”に沿って変わっていく。
消費される関係から、“選ばれる喜び”に変わる。ここは皆の努力も試されるな。
自然と仲間内でサービスの質も磨かれていくだろう」
「ふむふむ……」
イルカ娘が顎に指を当て、素直に頷いていた。
その反応を見て、シンヤはさらに続ける。
「もちろん、娘たちにも“お断り”の権利はある。
顔なじみでも、無理して笑わなくていい。だからこそ――お互いを“選び合う”関係になるんだ」
「たまに愛想向けるのもしんどい冒険者、いるしね~」
リアが頷きながら、苦笑する。
「毎回テンプレの“おにいさん、今日もがんばってるね♥”とか言ってると、喉が乾くのよ」
軽口で和ませながらも、言葉の端には同じ職の人間としての共感がにじんでいた。
「他にもある。たとえば……人気が出た娘がいたら、“自由な運営スペース”を与える」
シンヤは、そこに新たな可能性を込めていた。
「なにをしてもいい、自分の趣味を全面に出して。
店内に“その娘の色”を出す、小さな文化を育てる。
うまくいったら、ルクシアの外に“自分の店”を持たせてもいい。独立させるんだ」
「自立のチャンス……」
イルカ娘がぽつりと呟き、椅子に深く座り直す。
「店文化を、自らの手で広げていく……。それを見た娘たちが、背中を追いたいと願う……
ああ……夢の循環。うん……」
完全に頭の中は未来予想図。ぶつぶつと理想を描き出し始めている。
そんな彼女の様子に、小さく笑みがこぼれたところで――ユラがふと、声を落とした。
「でも……まだ、問題があるよね?」
その声は鋭く、けれど優しさに満ちていた。
あの“狐処”の、限界ギリギリの店員たちの姿が脳裏をよぎったのだろう。
「ああ」
シンヤも真顔に戻る。
「――労働環境だな。余裕のある働き方ってやつか……」
リアも、ユラも、イルカ娘も、彼の次の言葉をじっと待った。
だが、シンヤは両手を挙げて、降参するように首を振る。
「……お手上げかな」
「え……?」
ぽかんと口を開けるユラ。リアとイルカ娘も、驚いたようにシンヤを見つめた。
「なんとかしてあげたいって、必死に考えたさ。でもさ――わかんなかった。
あれだけの客を相手にして、“楽に働きたい”って? そんなの無理だろ。
ただ、俺はルクシアをちゃんと見たつもりだ。客だけじゃない、異種族娘たちのことも、本気で考えてたと思う。
たぶん、予想以上に客が集まりすぎて、設立者の思惑と現場がズレたんじゃないかな」
そこまで言うと、シンヤは静かにイルカ娘の方を見た。
「だから――あとは、近くで見てた君に任せるよ。君の手で変えてくれ。変えたいんだろ?」
その言葉に、イルカ娘は目を見開く。
最も近くにいて、最もあの娘たちの声を知っている存在。
その信頼が向けられたのは、彼女だった。
「……シンヤさんに全部、任せるなんて……おかしいですよね」
そう言って、彼女はスッと背筋を伸ばす。
「私だって、本気なんです。私――いえ、“私たち”で、ルクシアを変えてみせます!」
ぎゅっと、テーブルに置かれたスタンプラリー案の紙を握る。
その手は震えていたが、眼差しは力強く、真っすぐに未来を見据えていた。




