同人会2
ユラが小さく声を上げて立ち止まる。
視線の先には、鮮やかな朱色と白の装飾で彩られた――狐モチーフの特設ブース。
「わっ……!……これ、狐カフェの……」
そこに並んでいたのは、どこか見覚えのあるグッズの数々だった。狐カフェの受付に並べられていたのを思い出す。
狐耳を模した可愛らしいお守り、ちょこんと座った招き狐の置物、華やかな和柄で仕立てられた扇子……
誰でも気軽に手に取れそうな、万人向けの癒しグッズが棚一面に陳列されていた。
「……まぁ、納得だよな」
シンヤが感心したように腕を組む。
「みんな可愛かったし、当然か」
「わたしたちって、人気だったんだぁ~」
ユラはふふっと嬉しそうに笑い、尻尾をふりふりと揺らしながら並ぶ商品を見つめる。
目を輝かせながら、あっちの御守りを指差し、こっちの狐人形に興味津々で手を伸ばして――まるで、自分の知らないところで自分の分身が人気者になっているのを、不思議そうに、でも嬉しそうに眺めていた。
そのブースの中で、ひときわ目を引いたのは――
仮面をつけた狐娘のぬいぐるみと、上品な陶器の湯呑み。
控えめに飾られたそれは、かつて“ミヨン”と呼ばれた頃のユラをそのまま再現したようなデザインだった。
(……隣にいますよ、本物が)
心の中で呟いたが、それを言葉にすることはなかった。
売り子をしている人間のスタッフたちは、狐耳のカチューシャや尻尾を身に着け、愛想よく「こんっ♪」と客に声をかけていた。
その姿はまるで、キツネ娘たちの“代わり”のようで――でも、本物の彼女は、今ここにいる。仮面もなく、隣で笑っている。
シンヤはほんの少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
ふと視線をずらすと、隣接したスペースに、淡いピンク色の光がふわりと広がっていた。
「あれ……なんだか、空気が変わったような……?」
ユラがぽつりと呟く。空間そのものが、一色に染まってしまったかのような甘い雰囲気。
垂れ幕には、仰々しくも意味深な言葉が踊っていた。
《仮面の下に映る可憐な少女の姿が、今――あらわとなる》
「……おいおい」
思わず目を細めたシンヤは、ひときわ大きなポスターに目を奪われる。
そこに描かれていたのは――仮面を手に持ち、こちらへ色気を含んだ視線を向けるユラのイラストだった。
口元には妖艶な微笑み。目はどこか濡れたように輝き、肩を露わにした衣装からは、大人の女性の艶が漂っていた。
「……あそこ、ユラ専用なんじゃないか?」
思わず指をさしてそう言うと、ユラがぽかんとした表情で近づいていく。
並べられた冊子やグッズには、さまざまなテイストの“ユラ”が描かれていた。
そのどれもが――可憐だったり、色っぽかったり、逆にあどけなかったりと多種多様。ファンの妄想の深さと幅の広さを物語っている。
いくつか目立ったタイトルがあった。
《“秘密の仮面”のユラちゃんは、俺だけに素顔を見せる。契約したら責任をとらなくちゃいけなくなりました》
《本能で愛してくる狐娘×照れ屋な仮面の奥――「誰にも見せたことない素顔、あなただけに見てほしいの……♡」》
帯には情熱的なキャッチコピー。服をずらし、頬を染め、甘えたようなユラが目を引く。
挿絵によっては可憐な少女のようでもあり、ふくよかな肉感を帯びた女性らしい姿でもあり、さらには背の高い大人びた等身まで……。
「……あれ、盛ってるよね? なんか、私より……私じゃないみたい……」
「だな。たぶん、お前が知らないうちに夢が膨張してる」
ユラはしばらく呆然とその場に立ち尽くし、視線を落とした。
そして、机の上に並べられた冊子のひとつに、おそるおそる手を伸ばす。
試し読み用の見本らしく、数ページだけめくれる仕様だった。
ぱら……ぱら……。
「……――っっ!!」
ページを捲ったその瞬間、ユラの顔が爆発したように真っ赤に染まる。
ぴくん、と耳が跳ね、尻尾がビクッと揺れる。
「ちょ、ちょっとこれ……っ!」
潤んだ瞳で顔を上げたユラの目には、うっすらと涙のような光が浮かんでいた。
湯気が顔から立ちのぼり、息も熱っぽく、口がわずかに開いている。
隣からちらりと覗いたシンヤの目に飛び込んできたのは――
《ユラが木陰で主人公に膝枕しながら耳を甘噛みしつつ、「……こんなこと、あなたにしか……だよ?」と囁く》
攻撃的なまでに甘く、妄想に満ちたイラストだった。
「……おぉ~……がっつり妄想入ってんな」
感心したようにシンヤが口元を緩める。
「こ、こんな……ことっ、私、してないもん……っ……しないもんっ……!」
ぶんぶんと首を振りながらも――
ユラの指先は、別の試し読みのページを……そっとめくっていた。
――そこには。
《仮面を外したユラが、顔を真っ赤にして男に押さえられながら、「すっごく恥ずかしいけど……でも、見てほしいの。私の、ぜんぶ……」》
「~~~~っっっ!!」
ぼふっ!!
ぷしゅーと音がしそうな勢いで蒸気を噴き出し、真っ赤な顔のままユラはその場にうずくまる。
「刺激的すぎたかな?」
シンヤは、まだユラには早かったかもと、どこか遠くを見つめる。
うずくまったままのユラが、小さな声でぽつりと漏らした。
「……シンヤは、わたしのこと……こんなふうに思ってたり、しないよね?」
頬を赤らめながらも、目だけは真っ直ぐにシンヤを見上げていた。
その問いに、シンヤはほんのわずかに目を細めると――
「バカ言え。本当のユラは、ここにいるだろ」
飾り気もなく、ただ当然のようにそう言った。
その一言に、ユラの目がぱちりと開く。
シンヤは視線を逸らすこともなく、ユラをしっかり見ている。その姿が、まるで“今ここにいるユラこそが本物なんだ”と、何より強く物語っていた。
――だから、ユラの頬がさらに赤くなる。
――だから、彼女の胸の奥に灯る想いが、ぽうっと、温かく広がった。
「なんだ? それが気になるのか?」
ふと横を見ると――
ユラが別の冊子を、じーっと見つめていた。
そこに描かれていたのは、青年か少し年上の冒険者風の男が、ユラの手をそっと掲げている構図。恋愛物だろうか、どこかシンヤによく似ていた。
「はぁ……はぁ……」
目を見開き、頬を紅潮させ、呼吸が荒い。口がわずかに開き、そこから……よだれ?
「……欲しいのか? 買ってやるよ」
「ホントにっ! ……でも、やっぱり、いいかも」
照れたように口をつぐんでから、ユラはぽつりと呟いた。
「ねぇ、シンヤ……?」
「ん?」
「さっき……“理想を詰め込んだ創作物”だって、言ったよね」
「あぁ、みんな本当のユラはこうじゃないとわかってて楽しんでるんだよ。まさに、男の夢ってやつだな」
「……うん。そう思ったら、べつに……嫌じゃないかも。みんなが、わたしで喜んでくれるなら……嬉しいかも」
そして、ふわりと笑う。
「それに……わたしはもう、欲しいものは傍にあるから、いいの!」
シンヤをまっすぐに見つめながら。
「……あぁ、そういうこと。……買ってやるよ」
シンヤがそう言うと、ユラが手に持つ、さっきまで見ていた万人向けのグッズをそっと手に取り、会計へと向かう。
そのとき――ざわざわと周囲が色めき立った。
「ねぇ、あの子ユラちゃんじゃない……?」
「最近、仮面を外したって聞いたよ」
「この毛色……そうそういないよな?」
ささやきが、少しずつこちらへ集まり始める。
「……マズいな。ユラ、さっさと離れるか」
「う、うんっ……!」
二人はそそくさとその場を離れた。




