ギルドの朝
ギルドの朝は、いつになくざわついていた。依頼板の前に人だかりができている。モンスター討伐の依頼かと思いきや、話題はまさかの“癒し系”。
「行ってきたんだよ、あのスライム娘の店!」
「マジでぬめるって、あれは……人間が昇天できる新技術だ」
「しかも、むちゃくちゃ安いんだよなぁ!」
声を上げる冒険者たちの中心にあったのは、一枚の記事。ギルドの依頼板の一角。いや、今や“情報板”と呼ばれ始めたスペースに貼られた、シンヤによるレビューだった。
『全身とろける!ぬるぷに快感・極上スライムリラクゼーション体験記』
副題には、“勇者も勇み足!ギルド冒険者・シンヤ、至高の『ぬるり』を体験!”とある。
「ちょっとぉ、だからこういうの載せないでって言ってるのに……!」
リアがぷりぷりしながら詰め寄ってくる。その手には新しい依頼書が数枚。
「ギルドは依頼を回してナンボでしょ?マッサージ屋のレビューって、何の役に立つのよ」
「いやいや、おかげでこの活気だ。新規の登録者、昨日だけで五人増えたらしいぞ」
口を挟むのはモグ。腕を組み、いつも以上に得意げな表情だ。
「まぁ……シンヤの変態ぶりが役立つ日が来るとはね。世界は広い」
ティルが冷静に皮肉を重ねる。
リアは「はぁ……」とため息をつきながらも、記事の端を丁寧に貼り直している。目は口ほどにものを言う。あきれてはいるが、どこか嬉しそうにも見える。
「ほら、これも」
渡されたのは、薄い便箋。中には、スライム娘・ミィナからの手紙が入っていた。
とろけるような丸文字で、こんな一文が添えられている。
『レビューのおかげで、たくさんのお客様が来てくれました♡
また“特別コース”で、シンヤさんだけをサービスしたいです♡ ミィナ』
「……シンヤだけ? 特別? それってどんなコースなの?」
リアの目が吊り上がる。
「え、いや、ほら……秘密……的な?」
シンヤが誤魔化すように目をそらすと、モグがぼそりと呟いた。
「ちなみに最近、“ぬめクラ”っていう同好会できたらしいぞ。“ぬめり愛好家クラブ”。あのスライム店の固定客専用」
「うっわ……名前がアウト……」
「でも実は、会員限定の裏メニューがあるらしいぜ」
「……シンヤ、それ、入ってるんでしょ」
「入ってない入ってない(入ってる)」
そんなやりとりの中、リアがぽつりと呟いた。
「……まぁ、こんな記事でも人が来て、ギルドが潤ってるなら、ちょっとは……感謝、しとくけど」
小さく聞こえたその言葉に、シンヤは少しだけ頬を緩めた。
「おう、ありがとな」
「でも、次はもう少し健全なタイトルにしてよね!」
ぷいっと顔をそらすリア。その横で、シンヤは依頼板を見上げる。
貼られた数々のレビュー。ハーピーの空中お散歩デート、ドライアドの包み込む安眠ヒーリング、オーク娘の豪快飯テロ屋台……どれもこれも甘い誘惑ばかりだ。
「さて……次は、どの娘に癒されようかな」
誰にともなく呟くその声に、モグとティルが同時に振り向いた。
「おいおい、次は俺も連れてけよ」
「記録係として同行させてもらうよ」
「……はいはい、まずは予約取らせてくれよな」
シンヤの甘やかな異種族探訪は、まだまだ続く。