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同人会1

 屋内モールの一角、ひときわ賑わいを見せる場所があった。


 高い天井に吊るされた幕には、大きく《同人会カミノフロア》の文字。そこはファンたちが自主的に創作したグッズや物語を展示・販売する特設スペースだった。


 中に入ると、空気が熱い。人、人、人――個別に設けられた机には異種族娘のイラスト、手製のぬいぐるみ、冊子、謎の袋などが所狭しと並んでおり、どの席も来場者でひしめいている。


「わ、わぁ……すごい人……っ」


 ユラがきゅっと耳を伏せ、しっぽを縮める。


 そのとき、ぐいっと後方からの圧でユラの体が押され、シンヤと距離が空きそうになる。


 次の瞬間、シンヤがすっと腕を差し伸べた。


「どうする?」


 問いかけに、ユラはふいっと顔を上げ、ぱっと花が咲くように口角を広げて――何も言わずに、手をぎゅっと握り返した。


 小さな掌が自分の手をしっかり包んでくる。その力強さに、シンヤは思わず頬を緩めた。


 ……だが。


 ユラはそのまま、つないだ手を見つめながら何かを決めたように――そっと身を寄せ、シンヤの腕に胸を押し当ててきた。


「……んっ」


 “ぽよん”と柔らかく、思った以上の質量が腕に当たる。


(……おいおい。意外と、あるな)


 シンヤが顔をしかめると、すぐにユラが猫のような笑顔で、しれっと言い訳をした。


「だ、誰かが押したんだも~ん♡」


「嘘つけ。人波こっち止まってるぞ」


「ん~? じゃあ風かもぉ♡」


 笑ってごまかすユラに、シンヤは小さくため息をつきながらも、嬉しそうに頬をかいた。彼女のこういうお茶目なところには、やはり弱い。


 そんなやりとりのさなか、ふと目をやった先――


 机の上に並べられた、どこかで見たことのある少女のイラスト付きグッズが目に入った。


「……あれ、さっき外にいたアイドルだよな?」


「う、うん。……でも、え?」


 ユラがイラストのポップを指さし、首をかしげる。


 そこには、


《純真で従順な○○ちゃんが俺だけの妹な件について(全年齢)》

《ドSで俺を叱ってくれる○○ちゃんが嫁になった(夢オチ)》


 などなど、タイトルだけで満腹になりそうな妄想ストーリーがずらりと並んでいた。


「……妹? 嫁? 叱ってくれるって……なにそれ?」


「あー……ファンの理想ってやつだな」


 ユラの狐耳がふにゃっと沈む。


「さっき、あの子……外で歌って踊ってた、よね? なんで今度は妹で、次は嫁になって……裏で……甘えて……?」


「……これはな、ユラ。いわゆる“同人”てやつだ。ファンたちが勝手に“こうだったらいいな”って理想を詰め込んで作った、創作物だよ」


「そうさくぶつ……?」


「つまり現実とはちがう、もう一つの世界、みたいなもん。妄想でできた彼女像っていうか……」


 ユラはぽかんと口を開けたまま、それらを見つめていた。


「なんで、そんなこと……?」


 自分も知らない自分に出会ったような顔。


 問いに、シンヤは少しだけ苦笑した。


「……夢が詰まってるから、かな。

 でもな、たぶん――ユラは、それをあんまり深く探らないほうがいい、というか絶対聞くな。そんなことしたら……泣くか、落ち込むからさ。いや、マジで」


 言葉を濁しつつも、冗談のように聞こえない響きでそう伝えると、ユラはますます神妙な顔になる。


 その時、目の前の空いた席が目に入った。人が全然集まっていない。シンヤは興味を引かれ、そのブースに足を向けた。


「……ちょっと話、聞いてみようか」


「う、うん……」


 ユラの手を握ったまま、二人はその静かな席へと歩み寄っていった。




「よっ! ここ初めてなんだが、話を聞いてもいいか?」


 そう声をかけると、ブースの奥から現れたのは、丸眼鏡をかけたおだやかな雰囲気の男だった。細身で、ちょっと猫背。肩からは紙資料がぎっしり入ったトートバッグが下がっている。


「なんでしょう?」


「屋外のアイドルの子がさ、ああやってグッズ化とかされてるけど……あれ、大丈夫なのか? ルクシア家様って、怒ったりしないのか?」


 シンヤの率直な問いに、男は「はは」と柔らかく笑った。


「それがですね。このモールで働いてる方は、だいたい事前に了承のうえでグッズ化されてるんですよ。それ以外は……まあ“黙認”という形です」


「へぇ、けっこう寛容なんだな」


 シンヤは辺りを見渡す。


 確かに、見かけたアイドル娘だけじゃない。

 モールの飲食店で接客していたサラマンダー娘や、受付嬢風のラミアのキーホルダーまで並んでいる。


 さらに視線を移すと――あった。

 あの、人気のリス娘が描かれた“ぎゅっ♡と抱きつきクッション”や、猫娘の“にゃんにゃん耳かきボイス風冊子”。

 どう考えても勝手に作られてるが、どれも堂々と売られていた。


「助かりますよ、こうして無料で参加できる場を提供してもらえるなんて。

 中には、ここで注目されて、いまや売れっ子になった作家さんもいますしね」


「なるほどな……」


 ルクシア・モールの知恵にシンヤは唸る。

 クリエイターとファンが自主的に盛り上がり、勝手に宣伝してくれる。広告費などかけずとも、人気娘を“商品”として育てられる。

 そのうえ作り手の熱量は本物――コストをかけず、愛で回るこの仕組みは、まさに“夢の循環”。


 だが――


(この人たちは“客”だ。客にとっては都合がいい形。けど、実際にここで働いてる娘たちにとっては……どうなんだ?)


 シンヤが考え込んでいると、少し先のブースで、何やら騒ぎが起きていた。


「はぁ!? ○○ちゃんは、こんな冷たい態度とらないだろ! もっとこう、“こっそり手紙をくれる”タイプなんだよ!」


「お前わかってねぇな!? ○○たんは“表ではツン”、でも“夜に抱きしめてくれる”タイプですな~!」


「いや、抱かれたいのかよお前が!」


 声を荒げる数人のファン。互いの「○○ちゃん像」を主張し合って盛り上がっている様子だが、周囲は引き気味だ。


「……たまにあるんですよね。いきすぎた“愛”、とでも言いますか」


 さきほどの眼鏡の男が苦笑する。


「もちろん、節度を守って楽しんでくれる方が圧倒的に多いんですけど……まぁ、熱が入りすぎると、時々こうなっちゃって」


「なるほど……でもまぁ、好きすぎるがゆえ、か」


 少し肩をすくめて、シンヤはテーブルの上から一冊の同人誌を手に取る。表紙には“異種族メイド・ドラゴンちゃんとハーレム生活”とある。


(……たぶん、これはあの酒場の……)


「じゃあ、これ買わせてもらうよ。面白かった」


「ありがとうございます!」


 軽く礼をして、その場を後にする。


 二人でまた見て回ると、しばらくしてユラの足がぴたりと止まった。


「……ねぇ、これ……わたし……?」

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