野外ステージ
ルクシア・モールの前に、シンヤとユラは立っていた。
その背には、ギルドでのやり取りが思い返される。
「頼んだよぉ~」
ミィナの脱力した声。けれど、その目には涙がにじんでいた。
「……お願いします」
深々と頭を下げたイルカ娘の姿。その背中に、言葉にできない想いの重さを感じた。
「……さて、行くか」
「デート、デート! シンヤとでぇ~とぉ~♡」
ユラはリズムに乗るように軽やかに、まるで歌うように歩いていく。その足取りは心なしか跳ねていた。
そして、シンヤは──思わず、声を失った。
ルクシア・モール。
そこに広がる光景は、圧倒的だった。
視界に映るだけでも、数十……いや、百を超える客が行き交っている。ざわめき、歓声、笑い声。まるで祭りのような活気が、あたりを包み込んでいた。
広大な敷地に、多層構造の建物がそびえ立つ。その規模は、ギルドの町の中央にある大劇場さえも小さく見えるほどだった。
隣接するように、小型の専門店も軒を連ねている。香ばしい食べ物の匂い、キラキラと光を反射するアクセサリーショップ、耳をくすぐる甘い歌声──すべてが、魅力の詰まった宝石箱のようにそこにあった。
これほどの施設を一から建て、運営し、人を呼び込む。それが、ルクシア家の力。
(……すげぇ。どれだけの金が動いたんだ?)
思わず、シンヤは小さく唸る。想像を超えるスケールに、彼はただ呆然と立ち尽くした。
「シンヤ、見て! ステージがあるよ!」
ユラが指差した先──野外ステージ。そこでは、ちょうどショーが始まるところだった。
「ルクシア・シアター」──ルクシアの目玉の一つ。異種族娘たちによるライブパフォーマンスが、無料で誰でも楽しめる場だ。
ステージ上には、人間の少女、竜人の娘、猫耳を揺らす獣人たちが並び、それぞれの魅力を活かしたカラフルなドレスに身を包んでいた。劇場のような照明が彼女たちを彩り、音響機器が観客席の期待を煽る。
「わたしのお店みたいだね。でも……ステージはもっと大きいし、衣装も華やか。お客さんも……すごく多い……」
ユラがぽつりと呟いた。どこか羨望を帯びた瞳。だがその声に、僻みはなかった。
照明が落ち──一瞬の静寂。
次の瞬間、眩い光とともに、音楽が流れる。
「せーのっ!」
マイクを持ったアイドルたちが、歌い、踊り、笑顔を振りまく。観客からは割れんばかりの歓声と拍手。スポットライトが交差し、衣装がきらめき、歌声が響く。
ユラは目を輝かせ、手を叩いてリズムを取った。身体を左右に揺らし、何度もシンヤを見上げる。
「すごい……すごいね……!」
シンヤも、思わず声を上げていた。
迫力のある演出、計算された構成、美しさと可愛さが渾然一体となったパフォーマンスに、完全に飲み込まれていた。
やがてステージは幕を閉じ、拍手と歓声が鳴りやまないまま、アイドルたちがマイクで感謝の言葉を述べる。
「本日はルクシア・シアターにお越しいただき、ありがとうございましたー!」
丁寧にお辞儀をする彼女たちに、客たちは惜しみない拍手を送りながら、それぞれの店舗やフロアへと流れていった。
「……正直、なめてたよ。こんなにすごいなんてな」
シンヤが素直な感想を漏らす。
「うん……アイドルの娘たち、キラキラしてた。すっごく楽しそうだったね」
ユラもまた、微笑みながらそう言った。
だが──
(……あの笑顔は本物……だよな?)
ふと、シンヤの胸に、イルカ娘の言葉がよみがえる。
「今、ルクシアに残っている子たちは……果たしてどれだけ、本気で笑えているのでしょうか」
あのとき彼女が見せた、震える声と、決意の目。
たしかに今のステージに、そうした影は見えなかった。笑顔は輝き、観客は魅了され、娘たち自身も心から楽しんでいるように思えた。
けれど──本当に、そうなのだろうか。
シンヤは少しだけ表情を引き締め、隣ではしゃぐユラの姿を見つめた。
(俺の目で、ちゃんと確かめなきゃな)
ルクシア・モールのステージ沿いを歩こうとした時、シンヤはふと足を止めた。ステージ予定板の前で、数人のファンが談笑している。
「いや~さっきの‘サーシャちゃん’、ヤバいな。マジで天使!」
「わかる! あの子、握手のときの声が優しくてさ~。先月の‘ティレナちゃん’より断然タイプ!」
「……先月の? あぁ、金髪の……最近見かけないよね~、あの子」
「見かけない?」と肩をすくめるその一言に、シンヤの足が止まった。
少し後ろを歩いていたユラも、思わず会話に耳を澄ませる。
──二人は、無言のままファンたちへと歩み寄った。
「なぁ、“推し”って、そんなに簡単に変わるものなのか?」
と、シンヤ。ファンたちはいぶかしげに眉を上げながらも、すぐに笑顔を返した。
「まぁ、新しい子が次から次へと来るしね。覚えた頃には、もういないっていうか……最初は悲しかったよ」
「でも、飽きないのがいいところって感じ? ハズレがいないから、逆に前の子の名前も忘れちゃうっていうか」
「そうそう!」と、楽しげに肩を寄せ合う彼らに、シンヤは言葉を飲み込んだ。
その瞳に、微かに怒りと、訴えかけるような寂しさが滲んでいた。
ユラは静かに息を吐き、そっと囁いた。
「わたしには、みんな楽しそうに見えたけど……ねぇ、あの子たち、たしかに笑ってたけど──ちょっと、苦しそうにも見えなかった?」
「もしかすると、置いていかれないよう必死に頑張ってるだけなのかも」
ファン──客は本心から楽しみ、応援している。その気持ちに嘘はない。だが、消耗品のように次々と“推し”を切り替えていく現実は、どこか冷たい。
目の前にある予定板を見る。そこにはきらびやかな装飾の下、「今月の注目娘」たちの写真と名前が並んでいる。まるで流行りの品物の広告のように。
そのどれもが美しく、輝いている。だが同時に──どこか寂しさを湛えていた。その端に、少しだけ剥がれかけた古い写真が覗いていた。誰かの名前が、上書きされるように消されていた。
ユラの小さな手が、そっとシンヤの袖を握った。彼女もまた、何かを感じ取っていた。
輝きの裏にある、その一人ひとりの顔と名前を──果たして誰が、本当に覚えているのだろうか。




