うるわし箱庭通り
ギルド内に、静寂が落ちた。
息をのむように、誰もがイルカ娘を見つめている。
やがて、彼女は意を決したように、口を開いた。
「そのお店の名は――ルクシア・モール。正式には『うるわし箱庭通り』と呼ばれています。通称、ルクシア。貴族、ルクシア家が設立した大型複合店です」
その響きに、リアが小さく反応した。
「ルクシアって……あの、貴族の中でも屈指の名家じゃない……?」
イルカ娘は静かにうなずいた。
シンヤが肩をすくめ、苦笑まじりに口を挟む。
「自分の名を堂々と店名にするとはな。さすが御貴族様ってとこか」
「はい。ルクシア家は権力と財力を注ぎ込み、各地から優秀な異種族娘を引き抜いて……数多くのお店を一箇所に集めました。その結果、今――小さな常連店ではスタッフが減り、客足が遠のいているんです」
淡々と告げられる真実に、空気が少し重くなる。
だが、その沈黙を打ち破ったのは――ミィナだった。
「そうだったんだぁ~」
気の抜けたような、のんびりとした声。その場の空気が一瞬、ぽよんと弾ける。
シンヤが肩を落とし、呆れたように笑った。
「……なるほどな。ってことは、ミィナと君は――遠のいた客を取り戻すために、俺の記事の力を借りたいってことか?」
イルカ娘の表情に、微かな陰りが差す。
「……いえ。私は――そのルクシアで、働いている者です」
その言葉に、ギルド内の空気がピキリと張り詰める。
「えっ!? どういうことですか?」
ユラが驚きと困惑を隠せないまま声を上げた。周囲も、一斉にイルカ娘へと視線を向ける。
そんな中、ミィナがのんびりとした口調でぽつりと呟く。
「裏切者だよ~」
言葉とは裏腹に、その胸がぷるん、と揺れて緊張感もどこかへ飛んでいく。
イルカ娘はその言葉に反論せず、俯いて――唇を噛んだ。
「……ミィナさんからすると、そう捉えられても仕方ありませんよね」
小さな声。だがその一言に、誰よりも強い悔しさがにじんでいた。
そんな彼女に、シンヤは柔らかく問いかけるように言った。
「まぁ、事情があるんだろう。……でもな、話を聞いてると、おかしなことがある。常連側――つまりミィナたちが困ってるのは分かるよ。でも、潤ってるはずのルクシア側にも……何か問題が起きてる。そうだろ?」
イルカ娘の肩が、かすかに震える。
そして――静かに、口を開いた。
「……まず、ルクシアに流れた理由としては――安定した働き口と、お給料。これにつきます」
シンプルな言葉。だがそれは、現実の重さそのものだった。
「けっきょく……お金ね」
リアの吐き出すような声。どこか冷たい。雇われの身である自分にも向けられた言葉のように感じたのか、棘を帯びていた。
だが、それをたしなめるように、シンヤが静かに口を開く。
「……お金は大事だ。まずは安心がないと、心から客に向き合うサービスなんてできないだろう? 悪くない待遇に思えるな」
「はい。お金に関しては、誰も文句はありません……ですが――」
イルカ娘の声が、少し震える。だがその奥には、強い意志もあった。
ここに来たのは金の話をするためではない。その目が語っていた。
「お客様の数が多いので、はじめのうちは……皆、楽しんでいました。たくさんの『可愛い』という言葉に包まれて……誰もが夢を抱いて、サービスに心を込めていたんです」
言葉の端に、懐かしむような笑みが浮かぶ。
だが――それも、束の間だった。
「けれど、気づけば……客足の回転が増えるにつれて、ただ回すだけの、機械的な仕事になっていきました。過剰な労働時間に、効率重視の流れ作業。ついていけない者は……すぐに入れ替えられます」
皆が、自然と真剣な面持ちで耳を傾ける。
「必死に残ろうとして、無理に笑顔を作り、無理に愛想を振りまいて……中には突然、泣き出す子や、その場に倒れてしまう子もいました」
一つひとつの言葉が、重く胸に刺さる。
「今、ルクシアに残っている子たちは……果たしてどれだけ、本気で笑えているのでしょうか。私は、それが……怖いんです」
静かに言葉を紡いだその瞬間――
「そんな……ひどい……」
ユラが息を呑み、胸元に手を当てる。瞳に光がにじんでいた。
「辛いなら、戻ってくればいいんだよぉ~……」
ミィナの声も、さっきまでの脱力系ではなかった。涙を浮かべながら、そっとイルカ娘に寄り添うような声だった。
だが、イルカ娘は静かに首を横に振った。
「……先ほど、ミィナさんが私に向けた言葉。『裏切者』……皆、わかってるんです。そう思われて当然だと。でも……今さら、どう帰ればいいんですか?」
ミィナが、あっ、と小さく口元を押さえる。
「私は……ルクシアを選んだのは、全ての異種族娘たちのためでした。貴族であるルクシア家の力を借りれば、偏見や差別をなくして、店文化を発展させる力になれるって、信じてたんです」
その目に、強い光が宿る。
「お金のためじゃありません。私は、皆が笑って生きていける場所を作りたかった……それが、私の描いた夢なんです!」
ギルドの空気が、静かに揺れる。
誰も、彼女の言葉を否定しなかった。ただ、その痛みを受け止めていた。
そして、そんな中――シンヤが、ぽつりとつぶやくように口を開いた。
「……似てるな」
イルカ娘が、不思議そうにシンヤを見た。
「いや、俺もさ。偏見もあったし、異種族の文化なんて最初は全然知らなかった。でも、出会って、話して、好きになって……だから、魅力をもっと知ってもらいたくて、ギルド板で記事を書いてる。俺も、君も、想いの根っこは同じなんだろうなって思った」
その言葉に、イルカ娘の目が大きく見開かれる。
「――シンヤさん……」
シンヤはにっと笑った。
「だったらさ、俺らしくやらせてもらうぜ。記事も調査も――ルクシアの中身も、ちゃんと偵察してくる。ただし、俺は本気で楽しむ。客として、女好きとして、全部受け止めてやる」
その軽い口調に、イルカ娘の目が潤み、けれど笑顔が浮かぶ。
「……はい。お願いします。シンヤさんの記事、拝見しました。異種族娘に対する愛は、本物と。だから……信じたいと思ったんです」
その様子を見て、ユラがそっとシンヤの隣に立つ。
「わたしも行く。シンヤ、いいよね?」
微笑みとともに言うユラの頬は、ほんのり赤い。
「お、おぉ……そ、そうだな。偵察ついでの、デート……だな!」
ニカっと笑うシンヤの横で、リアが呆れ顔でため息をついた。
「まったく……女の子たちの夢と涙の話の後で、堂々とデート宣言する男、初めて見たわよ」
だが、その目元には、どこか安心したような優しさがあった。




