独占
昼下がりのギルドは、穏やかな空気に包まれていた。
冒険者たちの声はまばらで、窓から差し込む光が木の床を温かく照らしている。そんな中、ギルドカウンターに立つリアは、ひとつのテーブルに視線を向けていた。
男ひとりと、獣耳の少女ひとり。仲睦まじく並んで座るその姿に、リアはじっと目を細める。
「ユラちゃん……もうギルド内にもすっかり慣れたものよね」
ため息まじりにそうつぶやく。
当のユラは、淡くピンクのふわふわとした尻尾を揺らしながら、隣に座る男――シンヤの横で満足そうに頬を緩めていた。
「シンヤがいるところなら、どこでも居座りますっ!」
なぜか得意げに言い放つユラに、シンヤは苦笑した。
「どこにいても、匂いで俺の居場所を把握してるって言ってたよな。……見張られてる気がするよ、まったく。……いや、なんかこう、監視されるのも悪くないって思い始めてる自分が怖いな」
顔を覆いたくなるような言葉に、リアはこめかみに手を当て、白い目を向けた。
「うわぁ……」
「今日はモグさんとティルさんがいませんよね」
話題を変えるようにユラが言った。確かに、いつもはシンヤの傍らにいるドワーフとエルフの姿が今日は見えない。
「ああ、あいつらは他の冒険者と一緒に依頼だ。しばらくは遠征になるらしいぞ。……あれでけっこうなランクの冒険者だからな」
どこか誇らしげに言うシンヤの声に、ユラもふむふむと頷く。
その様子を見ながら、リアがじと目で口を開く。
「……で、あんたは暇ってわけ? また例の調子で、自由気ままにお店巡り?」
「いや、それがな。しばらくはちょっとお休みだ」
「珍しいよね」
ユラが首を傾げる。
「最近、通りの空気がちょっと変なんだ。なんていうか、人が減ったというか、活気がないっていうか。そういう時って、大抵なんかあるんだよな。嫌な予感がしてさ」
言いながら、シンヤは頬をかいた。
ユラも少し真剣な表情になり、尻尾をふるのをやめる。
「そういえば、わたしのお店でも人が減った気がする。お客さんだけじゃなくて、スタッフも……。辞めたってわけじゃないと思うけど、なんだか減ってるような……」
「そうなんだ」
リアが静かに相槌を打った、ちょうどその時だった。
——バンッ!
ギルドの扉が勢いよく開け放たれ、風が中に舞い込む。
「シンヤぁ~!!」
甲高い声が室内に響きわたった。
扉の向こうには、息を切らしながら駆け込んできたひとりの異種族娘。その顔には焦りと期待が入り混じり、真っ直ぐにシンヤを見据えていた。
甘くとろける声がギルド内に響く。
扉の向こうから飛び込んできたのは、見覚えのある青白い肌の娘だった。
その声に、シンヤはすぐに誰かを思い出す。ぷにぷにとした滑らかな肌、柔らかな笑顔。モグとティルにスライムの魅力を伝えた、あのスライム娘――癒しの店「ぬめりと灯りの部屋」で働くスタッフのミィナだった。
以前と変わらぬぷよぷよした身体は、走ったせいかほんのり揺れて光を反射している。ミィナは彼のもとへまっすぐ駆け寄ると、言葉通りしなだれかかるようにテーブルの上にとろける。
「助けてよシンヤぁ~……!」
ミィナらしい、力の抜けた甘え声がギルドの空気をやんわり包んだ。だが、その声音にはどこか切羽詰まった色も混じっていた。
そのすぐ後ろから、一歩遅れて歩いてきたのは、まるで水面から抜け出したような雰囲気の少女だった。
全身を覆う艶やかな肌は、まるでレオタードのようにも、あるいは何も着ていないようにも見える。その透き通るような外見から、シンヤは直感的に思った。
(イルカ娘、か……?)
水棲系の種族でも、彼女のような姿は珍しい。凛とした瞳をこちらに向け、彼女は深く一礼する。
「急に申し訳ありません、あなたがシンヤさんで間違いありませんね?」
「ああ、俺だよ」
シンヤは冗談めかして笑った。
「どうしたんだよミィナ、しばらく通ってなかったから、俺に会いたくて来たのか?」
「ちがうの! 最近、お店に来る人が減っちゃって……! お友達も辞めてるし、絶対へんだもん!」
ぷよぷよと震えながら、怒ったようにふくれるミィナ。怒りの感情を見せるのは珍しいが、それすらも彼女の軟体らしい可愛らしさに変わっていた。
(いつもは甘えるだけのミィナが、こんなに真剣に怒ってる……それだけ、今の状況が異常ってことか)
その様子に、ユラが小さくつぶやく。
「……わたしのお店だけじゃなかった」
耳がぴくりと動き、尻尾も小さく揺れる。
続いて、イルカ娘が一歩前に出た。
「原因は、わかっています。あなたが記事で紹介したおかげで、多くの店に命が吹き込まれました。その効力を知るがゆえに……失礼ながら、あなたに助言をいただこうと参りました」
すれ違いざまに、涼やかな潮風のような香りがした。まるで海が歩いているようだった。
神妙な表情で頭を下げる彼女。穏やかな語り口ながら、その言葉には重みがあった。
いつもは甘えるだけのミィナが必死の様子を見せ、さらに落ち着いたイルカ娘までもがこうして助けを求める。
それを受けたシンヤは、真面目な顔で立ち上がった。
「まずは話を聞かせてくれ。俺は女の子の味方だ。できることなら、何だってしてやるよ」
その優しい声に、イルカ娘の緊張も少しだけ和らぐ。
「……感謝します、シンヤさん。実は……」
そこで彼女は静かに言葉を紡いだ。
「この国の異種族娘のほとんどを手中に収める、大型のお店ができたのです」
その瞬間、ギルド内に沈黙が落ちた。
カウンターに立っていたリアが、ぽつりとこぼす。
「……え?」
まるで空気そのものが止まったようだった。
「……異種族娘を独占、だと?」
「俺のお気に入りの娘がいないと思ってたが、いつの間に……」
リア以外に反応する冒険者たち。誰かが手に持っていたコップが落ちる音がした。
常連たちの間に動揺が走る気配。ギルドの空気が、確かに変わろうとしていた――。




