バカさ
記事を公開してから、しばらくの時が流れた。
記事とはあくまで火種、知名度を広げるきっかけでしかない。
その後、成功するかどうかは、各店の努力と魅力次第だった。
ギルドの一角。いつものように、モグ、ティル、そしてシンヤの3人がテーブルを囲んでいる。
リアも傍らにいて、淡々と書類をまとめながら、彼らの会話に耳を傾けていた。
そのとき――
ギルドの扉が開き、あの代表が現れた。以前、取材と称して訪ねた異種族店舗の代表である。
「シンヤさんたちの記事のおかげで、お客様が一気に増えました! ありがたいことに、リピーターも続出です」
代表は満面の笑みを浮かべながら、次々と嬉しそうに報告を続けた。
「オーク娘の“冷凍おふくろ炒飯”は、冒険者たちの保存食として大ヒット。ディープワンの“快眠覚醒オルゴール”も、睡眠導入アイテムとして人気に火がついてます。
ミミズ娘の“泥パックフェイスマスク”は美容関係者からも注目されて、ゴブリン娘のお店からはなんとモデルデビューした子もいるんです!
ムカデ娘の発明した“電動マッサージ機”も完売続きで、ダンゴムシ娘の“安眠抱き枕”は、宿屋が導入を始めました!」
報告はどれもこれも、予想を遥かに超える好成績。
その勢いのまま、代表は3人の前に、ずしりと袋を置いた。明らかに重い、金貨の詰まった袋だ。
「今回はそのお礼に参りました。どうかお受け取りください」
突然の出来事に、3人は唖然とする。
「……マジなの」
「夢じゃねぇよな……」
「依頼報酬でも見たことねぇ額だぞ、これ……」
テーブルの上で、しばし金貨の袋を見つめたまま、誰も動かない。
やがて、モグがにやりと笑った。
「よーし、ワシはこの金で新しい戦鎚を新調するぞ。前から気になってたドワーフ鍛冶師のヤツだ」
「僕は……あの魔導書、やっと手が届くかも。記述式結界術の原典版……!」
ティルは目を輝かせる。
そして、シンヤの番だ。
――が、彼は黙ったまま、何に使おうか真剣に悩んでいた。
それを見たリアが、呆れたように言う。
「どうせ……また女の子関連でしょ?」
シンヤは軽く肩をすくめ、照れ笑いを浮かべる。
「……まぁな」
三人の笑い声がテーブルの上に広がった。
ユラのお店――。
いつもと違う気配に、ユラはそっと首を傾げた。
店内の内装が少しずつ変わっていく。棚が新しくなり、壁紙が張り替えられ、奥では業者らしき者たちが出入りしていた。
「……最近、人の出入りが多いですね。何かあったんですか?」
ぽつりと漏らした疑問に、近くで作業を見守っていた同僚のキツネ娘がにこやかに答える。
「急にね、改装費用が出たんだって。誰かが出資したらしくて。名前は伏せられてたけど」
「匿名らしいわよ、ユラちゃんのファンかもね~。ふふっ」
「……優しい人もいるんですね」
ユラはそう答えながらも、どこか落ち着かない様子で鼻に手をやる。
空気の中に、微かに覚えのある匂い――あの人の気配が濃く漂っている気がした。
鼻先を撫でていったような、あたたかくて懐かしい感覚。
ユラの目が細められた。
一方その頃、ギルドのホールでは――
モグとティルが新調した品々を前にウキウキしていた。
「見ろよシンヤ、この鍛造の輝き! 伝説の岩喰いドラゴンの歯を素材にしたんだぜ!」
「こちらも負けてないよ、やっと手に入れた初版の魔導書……触っただけで魔力の流れが違うんだから」
はしゃぐ2人に、ティルがふとシンヤに尋ねる。
「で、君は……まさか、もう全部使い果たしたの? あの大金を?」
「ワシたち、まだ結構残ってるんだけどなぁ?」
モグもにやにや。
「……うるせぇ」
シンヤはふてくされたように応え、肩をすくめる。
そのやりとりを、リアは離れた席から静かに眺めていた。
口元には微かに笑み。手元の書類に目を落としながらも、耳は確実にシンヤたちの会話を拾っている。
「リアさんも、なんだか良い椅子になったねぇ」
ティルが声をかける。
「まぁね。どこかの“足長おじさん”的な人の支援らしいわよ」
じぃーっと、視線がシンヤに向けられる。
「その人のはからいでね、異種族の中でも“醜い”と不当な扱いを受けがちな子たちにも職の提供を――“斡旋所”の支援まで始めたんだって」
「へぇ~、すごいもんだ」
モグが感心し、ティルも「本当にね」と頷く。
リアは立ち上がると、シンヤの前に皿を置いた。
あたたかい料理の香りがふわりと漂う。
「くれるのか?」
シンヤが目を丸くする。
「どうせ女の子にお金使って、もう財布空なんでしょ? ……機嫌がいいから、奢ってあげる」
「おお、リアが優しいなんて。サンキューな」
「……ありがと」
リアは小さく囁いた。
「なんのことだ?」
シンヤは茶化すように笑って言った。
「俺はただ、いつも通り女の子に使い果たしただけのバカさ」
3人とリアが笑う。
いつも通りのやりとり。温かい空気の中で、シンヤが立ち上がった。
「……さて、今日はどの店に行こうか?」
「金ねぇじゃん」
と、モグとティルがそろってツッコミを入れた。
笑いが、ギルドに広がっていく――。