感想
ギルドの一室――夕刻。
テーブルには湯気の立つ料理と、酒の香り。シンヤ、モグ、ティル、ユラ、そしてリアがそれぞれ椅子に腰かけ、今日の取材を振り返っていた。
リアは料理を運びつつも、空いた席には座らず、腕を組んで壁際に立ったまま話を聞いている。
ティルがワイングラスを軽く傾けながら、語る。
「……ふむ。『醜い』という印象に囚われていたのは、僕たちの方だったのかもしれないね。あの包容力は、もはや一つの文化資産だよ」
「ワシらが偏見で損しとったんだろうな」
モグは豪快に頷くと、ほおばっていた煮込み料理の皿を名残惜しそうに撫でる。
「お店での、この煮込みもな。骨の髄までしみしみだったな。なんだろう、こう……田舎の婆ちゃんの家に帰ったみたいな……」
「でも、見た目に騙されちゃダメって、本当でしたね」
ユラが柔らかな笑みを浮かべる。
「とくに、ふともも……でしたっけ? モグさん、ずっとそっち見てませんでした?」
「ぬわっ!? いや、あれはその、研究的観点というか、構造美というか……! ユラよ、ワシをそんな目で見てたのか」
モグは慌てて口元の煮汁をぬぐいながら、頬を赤くする。
「ワシはな、ただでっかいだけじゃなくて、あの張りと柔らかさのバランスに職人魂を見たんだ!」
「はあ……」
リアがやれやれといった様子でため息をつきつつ、料理の皿をテーブルへ置いた。
「結局、満足してるわけね。で、アンタたちの“結果”はどうだったのよ?」
シンヤは軽く笑って立ち上がり、手帳を開いた。
「――よし、今日の記録、まとめておこうか」
そしてページの上部にさらさらと文字を走らせながら、口にする。
「タイトルは……『ふわもこ母性、異国のオーク亭』……だ……ぁ!」
『ふわもこ母性、異国のオーク亭』
その包容力は、まるで大地のよう。
角と牙という外見に反して、彼女たちは驚くほどに穏やかで、そして優しい。
オーク亭の扉をくぐった瞬間、鼻腔をくすぐるのはどこか懐かしい、田舎の煮込み料理の匂い。
皿の上に並ぶ料理の数々は、豪快にして繊細。中でも名物の「骨付き根菜煮込み」は、骨の髄まで味が染みており、どこか“実家に帰ったような”安心感を与えてくれる。
彼女のたくましい腕に抱かれると、すべてがどうでもよくなってしまう。
「今日も頑張ったねえ」と、大きな手でぽんと背中を叩かれれば、肩の荷も自然と落ちていく。
見た目だけで“怖い”と決めつけていたのは、我々の側だったのかもしれない。
ふくよかで、あたたかく、帰り際には必ず「またいつでもおいで」と笑って送り出してくれる――
ここは、ふわもこ母性の隠れ里。
それは、我々が忘れていた“異国”の優しさに再び出会える場所でもあった。
冒険者でも、ギルド職員でも、ドワーフでも。誰にでも、甘えたい夜がある。そう……誰にでも、内なる故郷があるのだから――
ユラが「わぁ」と感嘆の声をもらし、モグも「いいなぁ、それ!」と拍手する。
「異国」という言葉には、彼女たちの文化が“理解を超えた向こう側”ではなく、“まだ知らなかった親しみある世界”として描かれる意図がこもっていた。
「"いつでも帰ってきていいよ"って、あのオーク娘……本気で言ってくれたもんな。……僕も村に帰りたいと、つい思ってしまったよ」
ティルが、どこか遠い目をして言う。
「ワシは、あの鍋だけでもう一回来店確定だな」
モグが真顔でうなずき、続ける。
「あと、ふともも……じゃなかった、ほら、癒しも大事だしな」
ユラはくすくすと笑い、リアはひとことだけ、「帰れる場所……ね」と呟いてテーブルの隅を拭いたが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「次は、見た目は魚の姿をしたディープワン娘……だぁ!」
『海底の子守歌、ディープワンの深眠室』
まどろみの淵に、潮騒が寄せる。
部屋に一歩入った瞬間、五感はまるで水の中に沈むように、静かに、優しく包み込まれる。
外の喧騒とは切り離された「深眠室」は、音楽家や筆を握る者たちにとって、まさに創造のゆりかごといえるだろう。
だが、本当に響いてくるのは、音ではない。
彼女たち――深海の種族・ディープワン娘たちの囁きは、耳ではなく魂に届く声だ。
まるで胎内にいるかのような安心感。
その中で、「自分の奥にあるなにか」が、ゆっくりと目を覚ましていく。
語られる言葉は知らぬ言語のようでありながら、なぜか懐かしく、切なく、やがては深い眠りへと誘ってくれる。
ある者は言う――歌声が世界に届いた。歌手になれたと。
ある者は囁く――心の奥に眠っていた“愛”を、ここでようやく表現できたのだと。芸術家へと至った、と。
ここは、未だ目覚めぬ才能を呼び起こす、深海のゆりかご。誰にでも、起きるべく力があるのだから――
ティルは目を閉じ、ゆっくりと肩をすくめた。
「思い出すね……低音が、身体の奥に響くのに、なぜか……目を閉じたくなるんだよ。あんな体験、他にない。
音じゃない、圧でもない……ただ、包まれるんだ。自分が静けさの中に溶けていく感じで……」
彼は言葉を探すように指を空に描いたが、結局、ため息のような笑みを漏らした。
モグも珍しく言葉少なに頷く。
「ワシは、目が覚めてからもしばらく、夢を見とった気がしたな。深海に沈むような……だが怖くない。
怖くなかった。むしろ、安心して、なにもかもを預けられる……そんな心地だった……」
大きな手が胸元に当てられる。感情が、未だそこに余韻として漂っているかのように。
ユラはそっと唇を結び、しばらく迷ったようにしてから、ぽつりと漏らした。
「……わたし、あの娘の歌……また聴きたいな。胸がぎゅっとなって、でも、それが……なんだか幸せで……。あんな風に、誰かの心に触れる声って……わたし、今でも聴こえてる気がする……」
彼女の頬には、ほんのり紅が差していた。それは、まだ夢の続きを味わっている者の顔だった。
そして彼――シンヤは、静かにそれらの言葉を受け止め、深く頷く。
「……照れるとエラがぴちっとするのも可愛かったな。あそこは、心を預けにくる場所だな。きっと……本当に、自分と向き合うために」
皆、しばし言葉を失い、ただ深呼吸をする。まるで胸の奥に残る波音を聴くように。
そしてティルが、ふっと口元を緩めた。
「……こんなに静かなのに、心がざわつくって、変だよね」
ユラも小さく微笑みながら呟く。
「……次は、どんな娘に出会えるのかな」
シンヤは仲間たちを見回し、小さく笑った。
「まだ話してない娘が、山ほどいる。夜は長い、次はどこに潜る?」
――まだ、この国の夜は終わらない。




