代表
「――てことが、今朝あってよ」
昼下がりのギルド。俺は冷えた水を飲み干し、軽く息をついた。
「へぇ~、あの気弱そうだったお嬢ちゃんがなあ?」
モグが腕を組んでうなる。
「これは全男がうらやむ展開っだね~。爆ぜろ」
ティルがちゃっかりヤキモチ混じりの目で笑う。
「ふふ。シンヤったら、ほんとにかわいかった~♡」
隣でユラが小さく笑いながら俺の袖をつまむ。耳はぴょこぴょこ、しっぽはうれしげにふわふわと揺れていた。
――が、そのときだった。
バキンッ
カウンターの奥で、鈍い音が鳴る。
全員が振り向くと、カウンターにヒビが入っていた。手をついた姿勢のまま、リアが震える笑顔を浮かべていた。
「リア……今の、リアが……?」
「ワシでもヒビは入れられんぞ……」
ぽつりと怪力自慢のモグが唖然とした声を漏らす。
リアは深呼吸し、つくったような笑顔で声を発した。
「ねぇ、ユラちゃん? そういうのは危ないから、やめようね~? ……あっ!」
自分でも何かに気づいたらしく、リアが顔を赤くした。
「ごめん……シンヤのことで、ちょっと意識して……つい」
「――シンヤ?」
ユラが首をかしげるように問い返す。声色はあくまで丁寧だった。
「リアさんは……シンヤの、何なんですか?」
ピシ、と空気が張った。
「え? あ、えっと、べつにそういうんじゃ……」
リアが手を振って否定しようとしたとき、ユラとリアの視線がふっとぶつかる。
「……そうですか」「そうだけど……なに?」と。疑うようにジト目を浮かべたユラの目と、焦りつつも譲れなさそうなリアの目が、数秒、静かに火花を散らしていた。
――なぜか、無言の圧がある。
「……あれ? なんだこの空気は」
ティルが一歩引いてモグの影に隠れる。
「女子同士のあれだ……」
モグが頷いた。
ふたりはその後、まるで何もなかったようにそれぞれの作業に戻ったが、俺にはわかっていた。
あれは――なんとなく察し合った女同士の“はじまり”だった。
――そんな空気を切り裂くように、ギルドの扉が音を立てて開いた。
「失礼しますっ!」
現れたのは、一風変わった雰囲気の異種族娘だった。灰色の硬質な皮膚に、鋭く尖った耳。大きな眼はどこか怯えながらも、強い意思を湛えていた。
「おお……これはまた個性の強い……」
ティルが目を丸くする。
「アタシは――そう、たぶん“醜い”と呼ばれる側の代表です」
娘は堂々と名乗った。その声には覚悟があった。
「……代表?」
「はい。ずっとお客がつかなくて、店に来るお客は勇気試しばかりで……閉店寸前の店ばかりなんです。けど……シンヤさんが書いた記事の力があれば、“醜い”と称されてきた仲間たちに、お客様の目が向くようになると思ったんです」
娘は、まっすぐ俺を見つめて頭を下げた。
「どうか、私たちの印象をもっと変えてほしい。店を、人気店にしたいんですっ!!」
ギルド内が静かになる。
俺は水を飲み干し、立ち上がった。
「ふっ……任せろ。そういうのは……俺の得意分野だ。女の子は総じて可愛いを秘めてる。俺が証明してやるぜ」
「おっしゃー、久々の新開拓か!」
モグが腰を上げ、拳をぐっと握る。
「これは異種族研究家ティルとしても同行するしかないやつだ」
ティルもノリノリで立ち上がった。
そのとき、ユラがそっと袖を引いた。
「……わたしも、一緒についていく」
みんなが一瞬ユラを見る。彼女はもじもじとしながら、言葉を続けた。
「……他のお店のサービスのお勉強をしたい……わたしのお店、最近ちょっと設備が劣化してて。仲間たちが改装したいって言ってた。もし、お客さんが増えたら、その分……手助けもできるかもしれないって……」
しおらしい表情で語るユラは、耳も尻尾もしゅんと小さくなっていたが、最後にぽつりと、ほとんど聞こえない声で付け加えた。
「……あと、シンヤの……女巡りを、近くで見てみたい、から……」
カウンターの奥で、リアが一瞬ぴくりと反応した。
「ふーん、そう。そういえば私も、ギルドの設備……椅子がね。最近壊れかけてて、腰が痛いのよね~」
リアがやれやれと腰をさする。
「でも、ギルドが潤ってないから、新品に買い替える余裕もないし……。冒険者どもめ、少しは還元しようと思う気概はないのかしら?」
俺はその言葉、リアの目を盗んで、心にそっとメモした。
ユラの店、ギルド、そして“醜い”と呼ばれてきた異種族たち。
救えるなら、全部救ってやればいい。
「よし、行くか。いつもの三人……と、ユラも一緒に!」
「うんっ!」
ユラがぱっと笑って返事をする。
俺たちは異種族娘の案内で、彼女たちの店へと向かった。




