表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異種族エンカウント ~異種族娘が可愛くて文化になった~  作者: ある
キツネ娘 君にふれる日、桃影は咲く
34/42

モフ子

 お店に来てから、しばらく経つ。

 人の姿になっても、「本当になれた」とは、まだ思えていない。

 だから、わたしは仮面をつけている。

 誰かに顔を見られるのが、怖かった。ただ、それだけ。

 それでも、お店の人たちは受け入れてくれた。

 「ミヨンちゃん」って呼んでくれて、優しかった。


 お面の奥で、耳がぴくりと動く。

 ――また、匂いがした。あの人の、匂い。


 甘くて、懐かしくて、心の奥がくすぐったくなる。

 毎日、濃かったり薄かったりしながら、その匂いはお店のあちこちを漂っている。

 動き回ってるんだなぁって、わかる。どこに行ったのか、何をしたのか、匂いの重なりで何となく察せられるようになった。


 わたしの中では、もう確信している。

 あの人は――シンヤ。

 あのとき、わたしを助けてくれた人。

 「異種族娘ならなぁ」って、ふっと笑った、あの声。

 姿も、匂いも、優しさも、全部……あのまま。


 噂で聞いた。

 「シンヤ」って名の男が、異種族娘の店の記事を書いてるって。

 彼の記事が出ると、店はすぐに繁盛するって。

 色んな店に顔を出してる、ちょっと変な人だけど、憎めないんだって。


 ――だからわたしは、信じてる。

 ここに来た理由も、あの人があの頃のままの優しさを持ってるってことも、全部。

 きっと、あの人はシンヤ。絶対にそう。


 お店の人たちは、そんなわたしを「ミヨンちゃん」って呼んでくれる。

 ほかにも「モフ子」なんてあだ名もある。

 尻尾がすぐ動くから、感情がばれやすいって笑われるけど……嫌じゃなかった。


 見た目のせいか、「少女っぽいけど大人びてるね」って言われたことがある。

 そうなのかもしれない。

 毛並みは昔と変わらず、淡いピンク。

 柔らかくて、くるんと丸まる尻尾。

 耳はふわふわで、触られるとすぐに熱くなる。

 でも、それを気にして仮面をつけているわけじゃない。


 ……本当は。

 顔を見せて、もし違ったらって思うのが、怖いだけ。


 だから、今日もお面をつけて店の裏で働いている。

 でも、心の中ではずっと――

 ずっと、会いたいと思ってる。


 シンヤ、わたしはここにいるよ。

 ずっと、あのときのまま、あなたのそばにいたいって思ってる。

 いつか、仮面を外して――名前を呼んでほしい。そのときのために、まだ顔は見せられない。




 今日も、わたしは裏方。

 皿を洗って、食材を並べて、タオルをたたむ。

 地味だけど、静かで落ち着く仕事。

 目立たないところにいるのが、ちょうどいい。

 お面をつけていれば、余計なことを聞かれずにすむし、顔の表情も隠せる。


 でも最近――少しだけ、様子が違う。


「ねえねえ、あの子、誰? あのピンクの……ほら、モフモフの子」

「仮面つけてるのに、すっごい可愛いよね。珍しい毛色だし」

「ひょっとして、裏からたまに出てくる子じゃない?」


 ホールの方から、そんな声が耳に届く。

 くすぐったくなるような、誇らしいような、不思議な気持ち。


「ミヨンちゃん、今日はちょっとだけ表に出てみない? 注文の品を届けるだけでもさ」


 同僚の店員さんが声をかけてくれた。

 わたしは、すこしだけ戸惑って――それでも、頷いた。


 仮面の下、頬がほんのり熱い。

 でも、心臓はもっと熱い。

 はじめて、お客様の前に出るなんて。

 どんな顔をしたらいいのか、わからない。


 お膳を抱えて、ふわりと店内に出たとき――

 視線を感じた。


「わ、あの子、ほんとにいた……」

「ふわふわ……ピンクの毛並みって、本当にあるんだな」

「可愛い……でも、仮面……あれが逆にいいのかも……」


 小さくざわめく声。

 好奇の視線。

 でも、なぜかイヤじゃなかった。


 店員さんたちが、困ったように笑う。


「ダメですよ、あんまり見つめたら。うちのモフ子ちゃん、恥ずかしがり屋なんですから」

「まだ表に出るの、早いくらいなんですから」


 くすくすと、店内に笑いが広がる。

 でもそのとき――


「ここってさ、例の“シンヤ”が来るかもしれないって噂あるよね?」


 その名前に、わたしの耳がぴんと立つ。

 心臓が、一瞬止まって、次の瞬間、ドクンと跳ねた。


「最近この辺の店、彼の記事出てるらしいよ。で、どうもこの店も調べてるって噂でさ」

「え、本当に? じゃあ、来るのかな……今日?」


 ――シンヤ。


 思わず、お盆を強く握る。

 名前を、耳で拾っただけで、こんなにも胸が鳴るなんて。


 店員さんがにこっと笑う。


「ついに来てくれるのかな~! よーし、張り切っちゃうぞ~」


 なんて、冗談めかして言うけれど、わたしは笑えない。


 本当に来るの?

 ここに? わたしの、働く場所に?

 匂いが、今日の朝からずっと濃かった気がしてた。

 やけに長く残っている、どこかで足を止めていたのかも

 でも、それは……まさか、まさか……


 ――来てくれるの?


 足元がふわふわする。

 仮面の下、視線が定まらない、目が潤んだ。

 頭ではまだ信じきれていないのに、心だけが先に走り出している。


 だって、ずっと、願ってきたから。

 毎日、この匂いに包まれながら、

 「気づいてほしい」と願ってきたから。


 ついに、その人が――この扉を開けるかもしれない。


 わたしの尻尾が、無意識にふるふると揺れた。

 店員さんに、すぐにバレて、笑われた。

 でもいい。もう、止まらない。止められない。


 胸の奥が、ふるえてる。

 やっと……会えるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ