良い夢
店を出ると、夜の空気がひやりと肌を撫でた。潮の香りがまだ残っているような感覚が、鼻腔の奥にかすかに漂っている。
モグは腕をぶんぶんと振りながら、にこにこ顔で言った。
「いやぁ〜〜〜、濃かったな! ぶっちゃけ最初、どうなるかと思ったが……あれ、ガチだったか? ……良い夢だった」
ティルはティルで、腕を組みながらふむふむと考え込んでいた。
「演技力も対応力も申し分ない。けど何より、キャストの感情にあれだけ波があるのは……あれ、たぶん半分以上“素”だったね。あんなサービス、一度だけじゃ物足りない」
それぞれ思い思いに語るなか、シンヤとサヤは少し離れて歩いていた。先ほどまでの火花のような激しさが嘘のように、二人の間にどこか静かな絆のようなものが流れていた。
サヤが、ちらりとシンヤを見上げる。
「……こんな、本気で来るお客さん、はじめてかも」
「そっちが本気にさせたんだろ?」
シンヤは肩をすくめて、けれどわずかに笑みをにじませた。
サヤはいたずらっぽく笑い、シンヤの前に立つと、腕を交差させるように差し出した。
「はい、次の約束。わたしも今度は演技、忘れちゃうかも。そしたら……責任、とってね?」
シンヤもその腕に自分の腕を重ねて応じる。
「お前こそ、泣かないように気をつけろよ? こっちは遠慮なんかしないからな」
「ふふん、上等♡」
そして、二人は互いにその手をほどき、ゆっくりと前を向いた。
「よーし! さーて、何か美味しいものでも食うか?」
「まずは水分補給だよ、モグ。汗かきすぎたでしょ」
ティルとモグが先に歩き出す。サヤはほんの少しだけ、シンヤの袖を引いてからそっと手を離した。
夜の街に、三人の足音が消えていく。
いつものギルドカウンターの奥で、リアが帳簿に目を通していると、三人の足音が戻ってきた。モグはもう我慢できないとばかりに、開口一番、叫ぶ。
「いやあ〜〜最高だったぞ! 今日の店、当たり中の当たりだ」
「技術も演技も対応も見事だったよ。あれだけ感情の変化を組み込んでくるとはね。今後の文化史に記録しておくべきクオリティだった」
ティルが真顔で頷けば、リアは思わず苦笑する。
「それはよかったわね。で、あんたは?」
リアの視線がシンヤに向けられる。シンヤは少し口元を緩めて、呟くように言った。
「……あいつ、名前はサヤって言うんだけどな。妙にお前に似てたんだよ」
リアの手がぴたりと止まった。
「は? 似てる?」
「そう。ツンツンでさ、強がりで……なのに本気になると、ちょっと不器用でさ。掴みづらくて、面倒なとこもある。……そこがまた面白くて」
シンヤは肩をすくめながら、ふと遠い目をしてから付け加える。
「ベッドに押し倒したあたりの俺たちのやりとり、リアにも見せたかったな。たぶん笑うと思うぜ」
その言葉に、リアの動きが固まる。
「……べ、ベッド……押し……」
顔がじわじわと赤くなっていく。
「ちょ、ちょっと……っ! わたしにそっくりて、変なことしてないわよねっ!」
ティルがそこでふっと口元を歪め、すかさず言った。
「……へぇ、自分で想像しちゃったんだ?」
「し、してないわよっ!!」
リアの声が少し裏返る。モグとティルが笑い、シンヤはニヤリとしたまま何も言わない。ギルドの片隅に、楽しげな空気がふんわりと広がっていく。
夕暮れの光が窓の外に差し込み、今日の余韻が静かに満ちていった。




