無条件の愛
木のぬくもりが残るギルドの食堂で、シンヤ、ティル、モグの三人が、まるでタイミングを合わせたように声を重ねた。
「愛されたい……」
言葉には深い余韻があった。疲れ切った男たちが、本能のままに吐き出した魂の叫びだった。
カウンター越しに料理を運んできたリアが、絶妙に冷たい声で返す。
「は?」
三人は顔を見合わせ、同時にうなずく。
「違うんだリア、ただ甘えたいとか癒やされたいとか、そういうのじゃない」
そう言いながら、シンヤはリアが置いた熱々の煮込みを見つめる。
「無償の……そう、無条件の愛ってやつだ」
「おかわりも聞かずに、すぐに料理をよそってくれるような?」
「ちがうちがう! リアさんはわかってないねぇ~」
ティルが慌てて首を振る。
「それは義務感とかサービス精神の類いだよ!」
「そうだそうだ!」
モグも乗ってくる。
「こっちが何もしてないのに! ただ生きてるだけで、よしよしってされたいんだ!」
シンヤが神妙な面持ちで、カウンターに置かれたリアの料理を指差す。
「リアの料理はうまい。毎回俺たちの好みも分かってるし、体調にも気を遣ってくれてる。でも……」
「でも?」
「そこに、俺という“個人”を想っての感情が乗ってるかっていうと……ちょっと違うかなって……」
「うわ、失礼」
リアが冷ややかに言い放ち、トレイをくるりと回して引き上げようとする。
「ちがうちがう! そういうことじゃない!」
シンヤが慌てて引き留める。
しばし沈黙ののち、リアが片眉を上げて聞いた。
「で、アンタたちは誰かからそんな想いを向けられる資格があるとでも?」
「ある!」
「当然!」
「まだないけど目指してる!」
三者三様に返す男たち。リアは盛大にため息をつくと、ふと表情を和らげる。
「で、今夜はどこに行くつもりなの?」
問われたシンヤが、窓の向こうを見やりながら言う。
「“海泡の棲処”(うたかたのすみか)だ。あそこは……まるで夢の中みたいなんだ」
「夢?」
リアが眉をひそめる。
ティルがにんまりと笑って言う。
「あそこはね、日替わりで“妹”“恋人”“新妻”やその他の設定になりきって接客してくれるんだ。異種族娘たちが!」
「ワシは今日は“新妻”プランにする」とモグが胸を張る。
「僕は妹! 理不尽に叩かれたい気分なんだ!」とティル。
「俺は恋人プランだな」とシンヤ。
リアが半目になって三人を見回す。
「……バカでしょ?」
シンヤは笑ってうなずく。
「でもな、あの店の“フグ娘”だけは……本物なんだ。頬を膨らませる嫉妬の仕草、ちょっと刺のある物言い、なのに目だけは優しい……」
「……ああ、なんかわかる」
リアがぼそり。
その反応に、三人の視線が一斉に彼女に向く。
「……な、なんで見るのよ! 行きなさいよ、はいはい、どうぞいってらっしゃい!」
リアは背を向け、再び料理場へと歩き出す。
「わたしの愛じゃ、足りないってわけね……」
その背中に向かってシンヤが笑って手を振る。
「愛されるってのは、やっぱり、難しいな!」
リアは手を振り返さず、ただ一言、はっきりと叫んだ。
「――バカ!」