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続行だ

 シンヤはきゃぴっと戯れるパフミル娘を柔らかな目でながめていた。

すると、ふかふかの絨毯の上にちょこんと座るパフミル娘が、一冊の分厚い絵本をシンヤに差し出した。


「これ、よんで~」


 小さく甘える声に、「へいへい」と苦笑いしながら膝をつくと、すぐさまもう一人、もう一人と娘たちが集まり、シンヤの膝や背中にもたれかかってくる。


 ページをめくると、色とりどりの夢の国が描かれた、やさしいタッチの挿絵が目に入る。

読み始めた声はどこかぎこちなく、それでも娘たちの真剣なまなざしを受けながら、徐々に落ち着いた響きに変わっていく。


「……ふわふわのくもにのったら、ちいさなまほうのどうぶつたちが『ようこそ』ってむかえてくれました――」


 ことばの一つ一つに、まるで魔法をかけるような静けさが宿る。

膝の上にいる娘は、うっとりとまぶたを落とし、胸元に顔をうずめる。

その重みと、体温と、かすかに香る甘い匂い――ミルク、綿菓子、やわらかい草の香り。


(……安心しきってる。こんなに無防備に……)


 シンヤの心の奥に、ふと、あたたかなものが灯った。

守ってやりたい、という気持ち。どこか懐かしい、けれど確かに今、生まれた感情。


(……父性、なんて。俺にもそんなの、あったんだな……ふっ……)


 ページを閉じると、娘たちは静かな寝息をたてていた。小さな身体が自分にくっついて、離れようとしない。

シンヤはそっと撫でながら、ほっと息をつく。


「……おやすみ。娘よ……なんてな」


 ――そう言った自分の声が、なんだかやさしすぎて、少しだけ照れくさくなった。





「こんどは、パパのばん~♡」


「つかれたから、やすませてあげるのぉ~♡」


 ふいに手を引かれて、シンヤはふわふわの雲ベッドに連れていかれる。


「あれっ? いや、ちょっと待て待て、俺は別に――」


 言い終える前に、ふわっとやわらかい毛布が肩にかかり、左右から娘たちがぴとっとくっついてくる。

小さな手で頬をつんつん、髪をなでなで、頭の上で「よしよし♡」とやられると、シンヤの口元がゆるんだ。


「……はは、なんだこれ、ちょっと、ずるくねえか……?」


 小さな湯たんぽみたいな身体がぺたぺたと自分に触れてくる。

指先はほんのり温かく、頬を撫でる手が、なんとも心地よい。


「はい♡ あ~ん♡」


 差し出されたミルクのような飲み物を、気づけば素直に受け取っていた。

ほわっとした甘みが口の中に広がる。


「えらいえらい♡ ちゃんとのんだぁ~♡」


「がんばりすぎないでね♡ パパはすごいんだから♡」


(……俺、甘やかされてる。子どもに。完全に……)


 何かが崩れ落ちる音がした。

シンヤは雲に沈むようにベッドへ背を預け、娘たちに囲まれながら、照れ隠しの笑みを浮かべて目を閉じた。


「……もう、どうにでもなれって感じだな」


 それは決して投げやりではなく――

この世界だけに許された、“心が許せる降参”だった。





 雲のベッドの上、シンヤの両腕にぴたりとくっついたパフミル娘が、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。

その隣では、モグが「んほぉ……そこ、ちょうどええ力加減じゃわい」と喉を鳴らしながら、マッサージを受けていた。娘たちはモグの髭をひっぱったり、お腹の上でぴょんぴょん跳ねたりしながらも、「オジしゃんおつかれなの~♡」と甲斐甲斐しく癒しに励んでいる。


「ワシも……ワシも、悪くないのう、こういうの……」


一方でティルは、シャポン玉のように弾む魔法を小さく放っては、娘たちの歓声を浴びていた。


「きゃははっ♡」


「もっともっとぉ~♡」


「おにーちゃんのまほう、だいすきー!」


「ふふん、しょうがないな。じゃあ特別に――もう一発、跳ねるやつ見せようか?」


 頬を赤らめながら、どこか誇らしげな表情で魔力を練り上げるティル。娘たちはわらわらとその周りに集まり、手を伸ばしてティルの袖を引っ張る。「さわっていい?」「ねえねえ♡」

そのたびにティルの耳がぴくぴくと動き、ニヤけた顔を隠すように横を向いた。


 ふわふわとした時間が流れる中、足音もなく、受付のパフミル娘がそっと近づいてくる。

胸元に小さなメモ帳を抱え、やわらかな声で言った。


「……お時間ですが、どうなさいますか?」


 ふいに現れたその言葉に、3人が一瞬だけ動きを止める。

けれど、娘たちは不満を言うでも、すがるでもなく――それぞれ、何かを期待するような瞳で見つめていた。


「パパぁ……またね?」


「つづき、あしたもしたい……」


「こんどは、もっといっしょにあそぶの♡」


 誰も「帰らないで」とは言わない。ただ、その目に浮かぶきらめきが、さりげない願いを滲ませている。

それだけで、3人の心は決まっていた。


「お泊りも……ご希望でしたら、今からでも手配できますよ?」


 受付の娘が小首をかしげ、にこりと笑う。


「「「  する!! 続行だぁ!!!  」」」


 モグ、ティル、シンヤの声が重なった。まさに間髪入れず、三者三様に即答だった。


「わかりました♡ では、夜のお部屋へご案内いたしますね」


 その夜。

星空のようなドーム型天井のもと、灯りは淡く、ぬくもりの光が揺れていた。

ふわふわの雲のベッドに、3人はパフミル娘たちに囲まれる。肩に、胸元に、背中に、足元に、ぴたりとくっつく小さな体。ぬくもり、やわらかさ、甘い匂い。


「パパぁ、おやすみ♡」


「オジしゃんも、ちゃんとねんねするの♡」


「おにーちゃんのゆめ、いいゆめになりますように~♡」


 ちいさな手が、ひとりずつの額にそっと触れた。

その瞬間、ゆるやかな眠気が心の奥に染み込み、3人はまどろみの中へと沈んでいった。


 その夜――

3人は、それぞれの“理想の夢”を見た。


モグは昔語りに興じながら娘たちに囲まれ、まるで絵本の世界の王様のように。

ティルは魔法を使って遊ぶ理想の兄になり、天まで跳ねる夢の玉に歓声を受けていた。

そしてシンヤは、小さな娘たちと星の海を散歩する夢の中、ずっと手を握られながら「だいすき、パパぁ」と囁かれていた。


 現実よりも甘くて、やさしい――それは、忘れがたい夜となった。

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