ぬめりと灯りの部屋
夜の風に背を押されながら、俺たちは“ぬめりと灯りの部屋”へと向かっていた。
通りは、異種族たちが営むさまざまな店の光で彩られている。花びらのような羽根を持つハーピーたちの喫茶店、筋骨隆々のリザードマンが運営する岩盤浴、酔い潰れるまで抱きしめてくれるケンタウロスの添い寝屋。
どれも魅力的だが、今夜の目的地はただ一つ。
「ここだ」
木製の引き戸を開けると、ふわりと甘い香りと湿気の混じった空気が鼻をくすぐった。店内は柔らかな光に包まれ、床や壁は水に強い素材でできている。中央の受付には、すでに待機していた数人のスライム娘たちが並んでいた。
彼女たちはそれぞれ、淡い青、透き通る緑、鮮やかなピンク、紫陽花のような紫――
色とりどりの姿で、同じ“スライム”という種族でもまるで印象が違う。
「「「いらっしゃいませぇ~♪」」」
中央で手を振っていたのは、俺のお気に入りのひとり――ミィナだった。透き通る青色の体に、内部でふわりと漂うコアが愛らしい。
表情筋なんてないはずなのに、彼女は不思議と笑って見える。
スライムのため、軟体な身体を変形しお客に合った姿を模す。今回は人型。
「やぁミィナ、今夜はこいつらを連れてきた。ふたりとも、初スライム体験ってやつだ」
「わぁぁ、紹介してくれるの? うれしい~!」
ミィナはぴょんと跳ねるように弾んだ。俺は笑って、腰の袋からクッションを取り出す。
「それと、これ。差し入れってやつ。Type Sちゃん、今夜の主役に贈呈だ」
「きゃっ……! わぁ、すごい~! ちゃんとぬめり広がらない……あっ、座ってもぜんぜん冷たくない……っ!」
クッションの上にちょこんと乗ったミィナは、とろけるように震えて感激していた。表面がきらきら光るほどの潤いで、「感情を水で表現してる」みたいな様子が、なんともスライムらしくて可愛い。
「……あれ、なんか他の娘たちもざわついてないか?」
モグが小声で言う。見ると、他のスライム娘たちが壁のあたりからこちらをチラチラ見ていた。
「シンヤさ~ん、今度はわたしも選んでね~?」
「クッションほしい~っ! ってか私が相手したかったのに~!」
「……やだ、ミィナちゃんだけずるい……」
その様子に、ティルが珍しく素で驚いた顔をしていた。
「……まさか、スライム娘たちの間でこんなに人気とは。お前、どれだけ通ったんだ?」
「そりゃあもう。通い詰めて、気配りして、たまに告白されて、振って、また通ってる」
「気持ち悪いのに……尊敬する……」
モグのボソリに、俺は胸を張って「だろ?」とだけ返した。
「お部屋、準備してありますよ~! こちらへどうぞぉ~♪」
ミィナに案内され、俺たちは光る粘液の道を渡り、個室へと向かっていく。
扉をくぐると、そこはまるで水の中にいるような空間だった。淡い青の光に包まれ、床はふかふかの防水布。小さな噴水が部屋の中央にあり、ゆらゆらと揺れる光が壁に映っている。
ミィナは既にクッションに座って待っていた。
「さぁさぁ、今夜はた~っぷり癒されてくださいねぇ~♪」
俺は部屋に入ると、腰を落としながら言った。
「じゃ、始めようか。――“ぬめりと灯り”の至福な時間ってやつを」