不屈の火
店を出るとき、シンヤとティルはそっと振り返った。
店の扉の奥では、ネネが静かに手を振っていた。柔らかな微笑みとともに。
「ありがと、ネネ。……生きてるって、実感できたよ」
ティルが胸に手を当てて、小さく呟いた。
シンヤは軽く手を上げて、ネネと目を合わせる。
「いい店だった。また来るわ。あ、でも次は違う娘指名するかもだけど!」
ネネがぷっと吹き出したように笑い、目を細める。その視線には、静かな祝福が宿っていた。
二人が扉を開け、外の光の中へ踏み出す。
ちょうどそこに、新たな客がひとり、足を引きずるように近づいてきた。
肩を落とし、顔はどこか虚ろで、まるで生気が抜けたような男だった。
だが、ティルとシンヤはその姿に、かつての自分を重ねていた。
「……あの人も、きっとわかるさ。生きてることの意味を」
「なにせ、ゾンビ娘だからな。死んでるようで、生きてるってやつだ」
ティルの目は、以前よりもずっと澄んでいた。シンヤの目には、不屈の火が灯っていた。
二人は並んで歩きながら、肩を軽くぶつけ合った。
「で、次はどの店行く?」
「君、もう次のお店かよ……」
その日の夕刻、ギルドの隅のテーブル席。
木目のテーブルには、温かいシチューとパン、そして三人分のジョッキが並んでいた。
「……いやぁ、すごかった。あんなに泣いたの初めてかも」
ティルは感慨深げに杯を揺らす。
「ネネには、感謝しかないよ。彼女の言葉がなかったら……たぶん、僕、もう戻ってこれなかったと思う」
そしてちらりと、斜め向かいのシンヤを見る。彼はすっかり回復どころか、顔つきに覇気すら戻っていた。
「ただ……あの時のシンヤは、ちょっと……うん。常軌を逸してたよね」
「はははっ、マジかよ!」
モグが腹を抱えて笑った。
「ティルが神妙な顔で話してる横で、こいつ“泡風呂の話”してたって!? それもう地獄のギャグじゃねぇか!」
「マジで。なのに、なんか……元気もらったんだよ。不思議と」
ティルも笑いながら頷いた。
そこに、音もなくリアが現れる。
「なに楽しそうにしてるのよ、アンタたち」
少しふてくされたように、手を腰に当てて立つリア。
「お、リアよ。シンヤの武勇伝を語ってたんだ」
モグがからかうように言うと、リアは小さく鼻を鳴らしてからふっと表情を緩めた。
「……私、出かけてた時に見かけたの。ゾンビ娘たちの姿を」
少し視線を落として、言葉を続ける。
「……不浄とか、そういう目で見てた。ゾンビなんて……って。でも……違った」
リアはゆっくりと、記憶を思い出すように目を細めた。
「彼女たち、すごく自然だったの。笑ってて、人間みたいで……いや、人間以上に“生きてた”。そう思ったの。……私、ちょっと恥ずかしくなった」
それだけ言うと、リアはすぐにいつもの調子に戻って、照れ隠しのようにシンヤの背中を軽く叩いた。
「……だから、アンタの目がちょっとキラキラしてても、今日は許してあげる」
「おぉ、リアが素直に褒めてくれる日が来るとは……!」
「褒めてない。アンタがちょっとマシになっただけ」
そんなリアの言葉に、シンヤはにっこりと微笑んだ。
そして、突然立ち上がる。
「さあ! こうしてる間にも陽は落ちる! 異種族娘のいる夜は短い!」
「……またそれかよ」
ティルが苦笑しながら呟く。
「この命、無駄にできるかっての。次はどんな娘が待ってるのか……想像するだけで、生きるって最高だな!」
生を語るその背中は、どこまでも前向きで、どこか清々しいほどに“欲望に忠実”だった。
ティルとモグとリアは、その背中を見つめながら。それぞれに、静かに笑った。




