常夜寂
人気の少ない路地の先、まるで時の流れから切り離されたように、古びた石造りの建物がぽつりと佇んでいた。
看板には墨のような筆致でこう書かれている──「常夜寂」。
一見して営業中には見えないその扉の前に、ぽつぽつと人が集まりはじめていた。
皆、一様にうつむき、顔色も冴えない。どこか虚ろで、息の音すらも静かだ。
「……ここが、“常夜寂”か」
ティルが静かに言った。
彼の端整なエルフの顔立ちにも、珍しく緊張の色が浮かんでいる。
「なかなか雰囲気あるだろ」
シンヤは穏やかに微笑んだ。
「この店に来る客は、何かに絶望した奴らばかりだ。でも、出てくるときは……まるで生まれ変わったような顔をしてる」
ティルが視線を向けたその先では、ひとりの客が扉を開けて出てきた。
先ほどまでの者とは違い、目に光が宿っている。背筋が伸び、深く息を吸っている様子はまるで別人だ。
「……死を見て、生を知る。そういうことか」
ティルが呟いた。
扉が再び静かに開く。
中から、白くほのかに光る灯が二人の姿を迎え入れた。
「いらっしゃいませ」
最初に現れたのは、死んだような白い肌に銀色の瞳をもつ女性だった。
長く、墨のような黒髪を揺らしながら、儚げな笑みを浮かべる。
「……ユリカです。お帰りなさい、シンヤさん」
続いて、明るい声が響いた。
「うわぁ〜、本当に来てくれた〜! よかった〜!」
もうひとりは少女──ネネがぴょこっと現れた。彼女もまたゾンビ娘だが、表情は陽気で、目元に希望の灯を宿している。
「ネネ、シンヤが作ってくれた"おしろい"のおかげで最近すっごく調子いいの!」
くるっと回って見せながら、彼女は笑った。
「お客さんも“人肌みたい”って言ってくれるし、もう自信持って抱きしめられるの!」
「それはよかった」
シンヤは少し照れたように笑いながら頷いた。
「お前らのぬくもりが、誰かの心を救えるなら、それ以上のことはないよ」
ユリカがそっと手を伸ばし、シンヤの手を取った。冷たいようで、どこか温かい、魔法が宿る手だった。
「今日は、“しろいの儀”をご希望ですか?」
「もちろん、初体験だから楽しみだ」
シンヤが微笑み返す。
「今日は、俺とティルの二人。……癒してくれよ、ユリカ。ネネ」
ネネが楽しそうに跳ね、ユリカが静かに頷いた。
「では、まいりましょう。……常夜の間へ」
店内へと続く扉が、しんとした静寂の中、音もなく開かれた。




