死の娘
ギルドの掲示板前。依頼を終えた冒険者たちのざわめきに混じり、いつもの三人がテーブルに腰を下ろしていた。
木の杯を片手に、次なる癒しの話題で盛り上がるひととき。
「で、シンヤよ。次はどんなトコ行くつもりなんだ?」
モグが胡坐をかいてふとももをさすりながら、上目遣いで問う。
シンヤは軽く顎をさすり、思案するように呟いた。
「……常夜寂、って聞いたことあるか?」
「常夜寂?」
ティルが眉を上げる。
「あの、死人みたいな顔して入って、帰りは生まれ変わったみたいな顔してるって噂の?」
「そう、それ。ゾンビ娘の店だ」
「ゾンビ、ですって……?」
不意にリアの声が割って入った。いつもの通りカウンターで帳簿をまとめていた彼女が、目だけこちらに向けている。
「ちょっと、ゾンビって……あれ不浄でしょ? 体は腐ってるし、匂いだって……」
「違うぞ」
シンヤがすぐに否定した。
「ゾンビって言っても、あれは“肉体の時が止まった状態”なんだ。腐ってるわけじゃない。
匂いもないし、なにより“おしろい”を使ってるから人間の肌と同じような手触りと体温がある」
「おしろい……って、あの白い化粧のこと?」
リアが眉をひそめる。
「そう。おしろいを塗ることでゾンビの冷たい肌が温かくなる。生きてる者に塗ることでは、逆に“死を体験”できる。
それがあの店の醍醐味らしい。死の絶望を知るからこそ、生が染みる……ってね」
リアは言葉に詰まったように黙ったが、すぐに言い返すように吐き捨てた。
「……まったく、よくもまぁそんなのに癒されようって思えるわね」
「ははっ、リアにはまだ早いかもな」
シンヤは軽口で返した。
そのやりとりに、モグが重い口を開く。
「……悪いが、俺は遠慮しとくぜ」
珍しく真面目な口調だ。
「ドワーフの間じゃ、死者と遊ぶのは禁忌だ。先祖に怒られちまう。死は、笑って触れていいもんじゃねぇ」
その空気に、ティルがやんわりと頷いた。
「分かるよ、モグ。でも、だからこそ見てみたいって気持ちもある。死と生の境で、何が見えるか……エルフもまた、長く生きる種族だからね」
シンヤは軽く立ち上がり、杯を置いた。
「……ってことで、今回は俺とティルで行く。モグはギルドの姉ちゃんにでも甘えててくれ」
「おう。ふとももはここで充分だ」
モグは茶目っ気たっぷりに答えたが、その瞳はどこか敬意を滲ませていた。
リアは最後まで言葉を飲み込んだまま、彼らの背中を見送った。
「……ゾンビ、ね」
その声は小さく、誰の耳にも届かなかった。




