緩み
「だからさ、リアちゃん。そろそろ考えなよ? いつまでも選んでたらさ、あっという間に三十路で“賞味期限切れ”だぜ?
一度、俺様とデートしてみないかい?」
カウンターに寄りかかる男の冒険者が、声を潜めるでもなく言い放った。
その場にいた数人の男たちが、愛想笑いを浮かべながらも距離をとる。
リアは作業の手を止めず、書類に目を通したまま、抑揚のない声で返す。
「……ご忠告どうも。私、保存が利くタイプなんで」
その言葉には棘があるのに、声色は平坦で、まるで訓練された受付嬢のよう。
それでも、ピクリと眉が動いたのを見逃す者はいない。
男がなおも何か言おうとした、そのとき――
「よぉ! 人気だな、リア」
背後から落ち着いた声がした。
振り返ると、シンヤが手をポケットに入れたまま、肩の力を抜いて立っていた。
相変わらずの飄々とした態度。けれど、ほんの少しだけ整って見える。
「……また変な記事書いたでしょ。最近、“火の洗礼を受けし男たち”とかって騒がれてるの、アンタのせいでしょ」
リアはため息を吐くように言いながらも、さっきまでの苛立ちはどこへやら。
その表情は、ほんの少しだけ、緩んでいた。
「ま、ガサツな連中よりかはアンタのほうがマシよ。ナンパしてくるくせに、中身ゼロの台詞ばっか」
ぼそりと愚痴を零したとき、不意にシンヤがカウンターに身を寄せた。
「……リア」
「な、なに?」
顔を覗き込まれ、リアは思わず後ろにのけぞる。
その頬に熱が走るのを、本人もごまかせない。
真っ直ぐな視線。
冗談でも皮肉でもない、ちゃんと“見ている”目だった。
「……リアって、可愛いよな。気づくの、遅かったけど」
静かな言葉が、胸に響く。
先ほどの無神経な冒険者の言葉とは、まるで違っていた。
「なっ……!」
リアの顔が、ぱっと朱に染まる。
動揺して言葉を探す間に、シンヤは視線を掲示板へと移した。
「……決めた」
「……な、何を……?」
リアの声はわずかに震え、視線が彷徨う。
だが、シンヤは肩越しに一言だけ、ぽつりと告げる。
「今日は、人間に近い異種族にする」
そのまま、彼は踵を返し、掲示板に貼られた依頼へと歩いていった。
風も、炎も、氷も越えて。
次なる“異種族”は、人と似て、だが人ではない何か。
リアはカウンター越しにその背中を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……本当、キリッとしたと思ったら、やっぱりいつものアンタね」
だけど――
その唇は、僅かに緩んでいた。




