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天使と悪魔  作者: 星空暁
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『神殺しを名乗る者』 3 「帝国軍への門」

 城門内の広場に落ちる影は、日時計(ひどけい)の針に沿って静かに細長く伸びている。

 焼けつくような太陽の下、城門の石畳は熱を帯び、新兵たちが次々と集まり始めた。静まり返っていた集結地は、次第にざわめきと喧騒に包まれていく。


 ネロは群衆の端に立ち、徴兵(ちょうへい)登録番号(とうろくばんごう)をぎゅっと握りしめた。その目立たない数字が、彼の新しい身分——エテリア帝国の新兵であることを示している。

 周囲の裕福(ゆうふく)そうな新兵たちとは対照的に、彼の身を包むのは色あせた|羊毛(ウール)のトゥニカしかなかった。見栄えのいい装備など、何一つ持っていない。田舎の片隅からやってきた貧しい平民——彼のような少年にとって、唯一の「武装」は、細く頼りない体と、ひび割れた手だけ。

 

「隊列を整え、装備を受け取れ!」

 赤いマントをまとった徴兵官は、腰に短剣を差し、手にワックス板と刻み筆を携え、リストと照合しながら名前と番号を確認しつつ指示を出す。


 ヴォレン将軍が軍改革を行って以来、貧しい平民たちも兵役に就けるようになった。

そのヴォレン将軍とは、現総司令官マルセラス・ヴォレンではなく、彼の祖父であり、代々軍人を輩出してきたヴォレン家の当主であった。

 その軍改革以降、帝国政府は新兵に標準装備を支給するようになった。装備には、短剣(グラディウス)大型円盾(スクトゥム)、簡素な胸甲とヘルメットが含まれる。


 広場の一角には簡素な武器架が置かれ、帝国から支給された武器や防具が並んでいる。

 どれも新品ではなく、いくつかの盾は縁が擦り減り、鉄製の防具には錆が浮き、修繕(しゅうぜん)の痕跡が見られた。ほとんどは退役兵(たいえきへい)から回収された装備であり、新兵たちに再び支給されることになっている。


 隊列はゆっくりと前進し、ネロは人々の波に押されつつ武器架へと歩を進めた。

 ふと目に入ったのは、傲慢そうな顔をした貴族の青年だ。彼のローブには家族の紋章があしらわれ、金の刺繍がまばゆく輝いていた。青年の従者は、銅の縁取られた鎖帷子と、精緻(せいち)な彫刻が施された兜を、大事そうに抱えている。それは、貧しい新兵十人分の装備費用に相当する、贅沢な代物だ。

 

 ネロは無意識に自分の汚れた手を見下ろしたが、すぐに顔を上げ、前を見つめる。

 帝国が求めているのは、出自など関係ない——戦う意志だけだ。


 ——アシャー・シンクレアのように!


 その瞬間、ネロは思わず城門の隅に立つ一人の人物に目を向けた。

 アシャー・シンクレアはそこに立っている。まるで石の彫像(ちょうぞう)のように、静かに、微動だにしない。

 周囲の新兵たちは三々五々(さんさんごご)集まり、低い声で言葉を交わしながら列の進みを待っていたが、アシャーだけは誰とも話さず、片手で剣の切っ先を軽く地面につけ、もう一方の手は盾の縁に置いている。

 その冷徹な眼差しは広場全体を見渡し、まるで戦場を見下ろしているかのようだ。 


 ネロは気づいた。

 最も騒がしい新兵たちさえも、その翠の瞳が向けられると、思わず口を噤む。

 まるで戦場を生き抜いた猛獣のように、その眼差しは人間離れした冷酷さを宿している。

 冷たく、鋭く光る。

 彼は一言も発せず、誰にも関心を示さない。

 まるでこの世界に存在していないかのように——いや、違う。彼自身がこの世界を()()しているのか。

 

 ネロは思わず俯いた。

 ——いつか、自分もアシャー・シンクレアのようになれるかな?

 自分の戦功によって人々の畏敬を勝ち得て、ただ一つの眼差しで全ての者を震え上がらせることができるかもしれない。


 ついにネロの番が回ってきた。

 ネロは徴兵官(ちょうへいかん)の前へ進み、名前と番号を報告した。


「ネロ・アルス、徴募番号(ちょうぼばんごう) 2716、ラティム村出身!」


 徴兵官は一瞥し、刻筆(こくひつ)でワックス板に刻みをつけ、顎をしゃくって前へ進めと示した。

 ネロは武器架に向かい、自分の装備を受け取った。重い円盾(えんじゅん)、擦り減ってなお鋭い短剣、そして皮革と鉄片で作られた胸甲(きょうこう)。肩にのしかかる重みで一瞬ふらついたが、胸の奥で湧き上がる興奮は、言葉にできないほどだ。


 ——絶対に頭角を現してやる!


 ネロは心の中で強く誓った。

 帝国の軍隊が弱者を易々と受け入れることはない。兵士になること——それが彼にとって、唯一の逆転の道だ。ネロは短剣をしっかりと握りしめ、その冷たい金属の感触を指先に確かめた。


「おい、お前、どこの田舎者だ? こんな痩せっぽちで、まともに畑仕事なんかできんのか?」


 装備を受け取ったばかりのネロの前に、大柄な田舎者が立ちはだかった。


「もちろん! うちは西のラティム村で、普段は親父と一緒に麦を作ってるんだ」


 ネロは急いで胸を張って、答えた。


「西か、どうりでお前、女みてえにツラが白ぇわけだ」


 大柄な男はネロの肩をポンと叩き、満足げに頷いた。


「まあ、意外としっかりしてるじゃねえか」


 周りの新兵たちは少し緊張した面持ちだったが、田舎出身の連中は比較的陽気で、次第に会話が弾んでいった。

 その時、突然、耳障りな甲高い声が響いた——

 

「おいおい、なんだよ、奴隷百人隊長サマのお出ましか?」

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