『神殺しを名乗る者』 4 「俺には、殺せないものなんてない——神すらもな」
それは、貴族ダリウス・エヴァンデの声だった。
嘲るような声が、賑やかな空気を鋭く断ち切る。場は凍りつき、ざわめきがピタリと止まる。人々の視線が一斉に彼へと向けられた。
やがて、人々は自然と道を開け、一人の青年が悠然と歩み出る。
豪奢な軍服をまとい、誇らしげに家紋を掲げたその姿は、一歩ごとに己の卓越を誇示しているかのようだ。
彼はアシャーへと視線を向ける。まるで、汚れたものでも見るかのように。
アシャーは冷ややかに、その視線を受け止めた。
「大隊長がこんなところにいるとは、何かご指示でも?」
「指示?」
エヴァンデは口元を歪めた。
「どうやら誰かさんは、無能なゴミどもを鍛え上げれば、天下無敵の軍隊になると、本気で信じてるらしいな……今日は、その奴隷様がどれほどの手並みか、たっぷり拝ませてもらおうじゃないか?」
その言葉が響くと、兵士たちの視線が集まり、ざわめきが次第に広がっていく。
エヴァンデは顎を高く上げ、冷笑を浮かべ、言い放った。
「お前のような卑しい奴隷に、兵士の指導が務まるとでも?」
目を伏せる者、視線を逸らす者、怒りに拳を握る者——反応は様々だった。
「それは——言い過ぎだろ?」
沈黙を破ったのは——ネロだ。
彼は眉をひそめ、湧き上がる貴族への反発心を必死に抑え込んだ。
田舎の貴族どもは、常に農民を見下していた。彼らの車列は猛スピードで駆け抜け、従者や騎兵を従える。車軸には輝く宝石がはめ込まれ、土道を軋ませながら、もうもうと土煙を巻き上げる。
人々は黙って頭を下げ、道を譲るしかなかった。
道を塞がぬよう慎重に身を引き、貴族どもの視線を避けるように俯いた。あいつらが村に来るたび、子供たちは物陰に隠れ、こっそりと様子をうかがう以外、何もできなかった。
彼は、一生貴族の車隊の片隅で縮こまるなんて、まっぴらごめんだ!
だからこそ、エテリア城へ来て、兵士になる道を選んだ!
「どこの下賤な奴だ!エヴァンデ様に口を利くとは!」
エヴァンデの従者の一人が怒声を上げるや否や、手にした鞭を振り上げ、「パシッ」と鋭い音を響かせながらネロへと振り下ろした。
——だが、それは届かなかった。
アシャーが素早く腕を伸ばし、その一撃をがっちりと受け止める。軽く手を返すと、鞭の先端は無力に垂れ下がった。
ネロは息をのんで立ち尽くす。
周囲の兵士たちも、固唾を飲んで成り行きを見守った。
アシャーの目は冷ややかなまま、じっとエヴァンデを見据える。
「俺には兵を指揮する資格がない? ……なら、お前には何の資格がある?」
エヴァンデはすぐさま顎を傲然と上げた。
「僕は高貴な家門の出だ。その名誉こそが、何よりの資格だ!」
「——家門の名誉?」
アシャーの声には、冷たい皮肉が滲んでいた。
「戦場では、どんな金の飾りも鋭い鉄剣には敵わない。その“名誉”とやらで、どれほどの戦功を立て、何人の首を刎ねた?」
「121人の蛮族兵だ。お前と同じ、汚らわしい蛮族よ!」
エヴァンデは再びアシャーを指差し、侮蔑の色を濃くして言い放つ。
「それに、蛮族の村人どもなんぞ掃いて捨てるほどいた。いちいち数えるわけがない」
「——121人?」
アシャーの深い緑の瞳が、冷たい光を帯びる。
「十歳の時、俺はすでに百以上の戦士の首を刎ねた。十五になる頃には、その数は一万を超え——それ以降、もう数えるのをやめた」
エヴァンデの顔色は瞬く間に変わり、紙のように青ざめる。
周囲の兵士たちも息を呑み、誰かが耐えきれずに頭を下げた。
「お前は神々に見放された呪われし者だ! 冥府に落ちても永遠に血を啜られ、苦しみ続けるがいい!」
エヴァンデは歯を食いしばり、呪いの言葉を吐き捨てた。
「……そうか?」
アシャーは低く笑う。
「なら、一つ教えてやろう——
俺、アシャー・シンクレアは、これまで何も恐れたことがない。
この手にかかれば、、殺せないものなんてない——神すらもな」
アシャーの瞳は氷のごとく、冷たく凍りついていた。
「信じられないなら——試してみろ?」