07.邪悪なVamp
《前回のあらすじ》
【2032年 過去】
利沙は高橋雅史と涼介と行った遊園地で、男のVampに出会った。彼女は恐怖のあまりVampの姿に変貌してしまう。
【2050年 現在】
「父の日記に書いてあったのですが、利沙は僕を産んだ母にどことなく似ていたそうです。利沙の笑顔は、母の若い頃を思い出させたと……。父は自分が母を死なせてしまったと考えていたので、利沙だけは守りたかったんだと思います。」
僕は本を読んでいるマットおじさんに話しかけた。
マットおじさんは本を閉じ、僕の目を見た。そして、僅かな沈黙のあと、産みの母の死因を僕に聞いてきた。
「母は僕を産んですぐに亡くなったそうです。元々身体が弱かった母は、出産に耐えられなかったのだと聞きました。……父は虚弱体質の母に子供を産ませていいのかと悩んだあげく、母の産みたいという意志を尊重し、出産することに同意したそうです。……でも、出産後に母が死んだことで、父はその選択が間違っていたのではと後悔した。自分が子供を産むことに賛成しなければと……。」
「だからって、雅史が奥さんを殺したことにはならないだろう。」
マットおじさんが父を庇うような発言をした。僕は何だか嬉しかった。
「僕もそう思います。母が子供を産むことに同意するのも、勇気がいることだったはずです。……父はよく言っていました。涼介を産んでくれた妻に感謝していると……。涼介の中にお母さんは生きているんだって……。子育てをしていくうちに、そんなふうに考えるようになったって……。」
「雅史も辛い思いをしたんだな……。でも、子は宝っていうから、雅史はお前の成長が何よりも楽しみだったはずだ。」
「はい、父は僅かな時間でも仕事の合間を縫って、学校の行事などに参加してくれました。『無理しなくてもいいよ。』と言っても、『俺が見たいんだ。』と、僕の顔を見に来るのです。僕に寂しい思いをさせたくなかったんでしょう。」
「雅史はそういうところがあるよな。だから、誰からも好かれるんだろうな。」
マットおじさんの記憶の中の父が温厚篤実であることに、僕は父の偉大さを感じた。
父がVamp捜査課で働いていた当時、世間では全てのVampは人間の敵だと考えられていた。今でもその心的傾向は残っている。それなのに、父はVampのおじさんに手を差し伸べた。利沙に対してもそうだ。そして、絆を深めていった。僕がマットおじさんとの関係を築けたのも父のお陰だ。
「ところで、お前は、まだ一人暮らしなのか? 結婚していないのか?」
僕の心を見抜いたのか……。いきなりの核心を突いた質問に、僕は戸惑いながらも答えた。
「籍は入れていませんが、彼女はいます。おじさんに会わせたいと思っていました。」
「おう、楽しみだな。」
「……。」
マットおじさんはそれ以上何も聞かず、また本を手に取った。
*
マットおじさんに聞きたいことがたくさんあったのに……。でも、僕は何から話したらいいのか分からず、次に続く言葉が出てこなかった。おじさんが本を読み始めたことで安堵した自分がいた。
【2032年 過去】
大量虐殺があったBar周辺の聞き込みに行くため、高橋と本田がハーブティーを飲んでいた。
「このローズマリーを飲んでおけば、本当にVampの暗示にかからないんですよね。」
本田が念を押した。
「個人差があるって言ってるだろう。」
「だから、心配なんですよ。」
「じゃあ、飲まずに聞き込みにいくか? 前にも同じ会話をしたよな。とにかく飲め。」
高橋に促され、本田はハーブティーを飲み干した。
ハーブティーを飲むことと、ローズマリーの効き目について会話することは、高橋と本田のルーティンになっていた。そんな会話をしている二人のところに、生駒部長が近寄ってきた。
「殺人があったBarの近くに洋風の屋敷があるのだが……、最近、誰かが引っ越してきたらしい。陽の光を遮るかのように、昼間は厚いカーテンが引かれているそうだ。しかも、住人は家族とは思えない顔ぶれとのことだ。——におうな。それとなく探ってくれないか。」
「分かりました。任せてください。」
高橋と本田は上着を着て、捜査本部をあとにした。
☆
カーテンが引かれた暗い屋敷の中で、Vampたちが雑談をしている。——大柄の男と、誰をも魅了するほどの容姿端麗な男だ。
「遊園地で女のVampを見た。Vamp同士でつるんでいる感じじゃなかったな。人間の親子らしいのと一緒にいたんだ。」
「人間よりかは、Vampの仲間といる方が何かと都合がいい。人間にはVampの快楽は分からないからな。——俺たちの仲間に入れてやろうぜ。若くて可愛い子か?」
「ああ、そこそこ……。だが、若くたって、実際の歳は分からないぜ。Vampだからな……。」
「それはお互い様だろう。その子をうちに連れてこい。最近退屈していたから丁度いい。」
そこへ女のVampが会話に入ってきた。歳は20代半ばくらいだ。
「何話しているの?」
「可愛いVampに会ったらしいぞ。」
「へえ~、どんな子なの?」
「Vampって感じがしなかったな。擦れていないっていうか……。」
その女の血を拝みたいとでも思ったのか、男のVampが舌なめずりをした。
「フンッ、変なの! あまり追いかけると嫌われるわよ、マット。」
女のVampが不機嫌そうに言ったそのとき、玄関の方から声が聞こえてきた。
「どなたかいませんか。少しお話を聞きたいのですが。」
高橋と本田が訪ねてきたのだ。
「誰だ?」
大柄な男のVampが、玄関に設置した監視カメラの映像を確認したあと、渋々対応に出た。
「警察の者ですが……。この先のBarで事件がありまして、この辺で聞き込みをしているのです。最近、変わったことはありませんか?」
「別にないね。」
「そうですか。ご家族でお住まいですか?」
「違う。シェアハウスってやつだ。」
「何人でお住まいですか?」
「三人。……もういいかな。」
その大柄な男は、不機嫌そうに対応した。
「ありがとうございました。」
高橋と本田は屋敷をあとにした。これ以上話す必要はなかった。利沙が作ったモンタージュ写真の顔、十字架のタトゥー、まさに今話した男が事件の犯人、ジョージだったのだ。
「警察だった。」
部屋に戻ったジョージが言った。
「警察が何の用よ!」
二人の会話を背に、マットと呼ばれているVampが監視カメラの映像をまだ凝視していた。——遊園地で女のVampと一緒にいた、あの男に似ているな……。
「警察か……。調べてみるか。」
次回エピソード《8話》は、明日投稿します。お楽しみに!