06.遊園地での出来事
《前回のあらすじ》
【2032年 過去】
三浦利沙と共に、高橋雅史と本田優太がVampによる大量虐殺事件の捜査を始めた。利沙のサイコメトリーの能力により、ジョージとルナというVampが犯人であることを知る。
高橋は涼介と一緒に遊園地に行こうと、利沙を誘う。
約束通り、高橋は息子の涼介と利沙と共に遊園地にいた。
「夜の遊園地もいいだろう。パレードも花火も見られるし、最高だ。」
幾つかのアトラクションを体験したあと、高橋がパレードを見ている涼介に話しかけた。
『早く遊園地に行こうよ~。』と言う涼介を、陽が沈むまで待たせて遊園地に連れてきたのだ。昼間、膨れっ面していた涼介も、今は満面の笑みを浮かべている。
「利沙、僕たちに手を振っているよ。」
涼介はパレードに参加しているキャラクターたちに手を振り返していた。利沙も涼介につられて大きく手を振った。涼介と過ごす時間が心地良かった。
高橋は涼介に、『利沙』ではなく『利沙お姉さん』と呼ぶように注意したが、利沙は今のままの呼び方でいいと言った。
「そうだよね。利沙は美人だし、優しいね。」
涼介は抱いた感情をストレートに表現した。高橋も涼介と同じ思いだった。
「ありがとう。涼介君もかっこいいわよ!」
利沙は涼介の身長に合わせるようにしゃがみ込み、頭を撫でた。
「そろそろ、花火が上がるぞ。」
高橋がそう言った瞬間、パッと空が明るくなり、三人の顔を照らした。その直後、大きな音が響き渡り、人々の心臓に振動が伝わってきた。
花火に気を取られ、一人の男が利沙に近づいてくることに誰も気づかなかった。
男は利沙の肩に手を置いた。利沙はその男の存在を感知するや否や、男を振り払い一瞬で物陰に移動した。遊園地の群衆と騒音は、利沙の身を巧妙に隠した。男はそれ以上利沙を追うことはなかった。
利沙が居ないことに気づいた高橋は、
「ここで花火を見ていてくれ。ちょっと、利沙さんを探してくるから。」
と、涼介に言い残し、その場を離れた。
高橋が利沙を見つけたときには、彼女は少し離れたメリーゴーランドの陰で蹲っていた。
「利沙さん、どうしましたか?」
高橋は利沙の顔を覗き込んだ。
一瞬時が止まったかのように、高橋は言葉を失った。
利沙がVampそのものに変貌していたのだ。目の周りの血管が浮かび上がり、彼女の瞳は金色に輝いていた。その上、犬歯がむき出しになり、Vamp特有の牙が魔物を感じさせた。
Vampの姿をした利沙は、見た目とは裏腹に小さくなって震えていた。利沙の心臓も高橋の心臓も、打ち上げられた花火と同様に大きな音を立てて鼓動していた。
高橋は利沙の変貌した姿を初めて見たのだ。Vampの利沙に恐ろしさを感じつつも、——震えている利沙を守らなければ……、と思った。高橋は利沙を落ち着かせようと、自分の手首をそっと差し出した。
「俺の血を飲んでくれ。」
高橋は仕事柄、Vampが血を飲めば落ち着くことを知っていた。しかし、利沙は拒み、首を横に振った。
「涼介に君のその姿は見せられない。……飲んでくれ。」
高橋は冷静に言い放った。
利沙はためらいながらも高橋の手首に牙を立てた。
Vampに血を吸われるのは初めての経験だったが、自分の血が利沙の身体に染み渡り、Vampの利沙が恍惚感を得ることは、高橋にとって悪い気持ちではなかった。
利沙の顔が、徐々に元の美しい顔に戻っていった。
「さあ、涼介が待っているから……。」
——どうして利沙がVampの姿でいたのか……。高橋は理解できずにいたが、何も聞かなかった。
最期の花火が打ち上げられた頃、高橋が利沙を連れて戻ってきた。
「待たせて、悪かった。」
涼介は花火に夢中で全く気にしていないようだ。
利沙は二人に気遣い微笑んでいたが、口数は少なかった。そんな利沙に涼介は気づいていない。
「利沙、また来ようね。」
涼介は利沙に無邪気に話しかけた。
「うん、また一緒に……。」
利沙は言葉を返すのに精一杯だった。
高橋は遊園地で遊び満足げな涼介と、不安気な利沙を車に乗せ、遊園地をあとにした。
☆
三人が乗った車が高橋の家に着いた頃には、涼介の就寝時間になっていた。高橋は涼介を早く寝かさなければ……と思ったが、Vampの姿で震えていた利沙を一人で帰すわけにはいかなかった。シングルファーザーの辛いところだ。
「シャワーは明日の朝でいいから。歯を磨いて、布団をかけて寝ろよ。鍵もかけておけ。お父さんは利沙さんを送ってくるから。」
「OK!」
シングルファーザーに育てられた子供が身に付ける独立心なのだろう。涼介は一人で何でもできると言わんばかりに返事をした。
涼介を降ろしたあと、車内ではラジオから流れる曲だけが響いていた。高橋も利沙も音を捉える余裕もなく、その曲は二人の緊張をやわらげてはくれなかった。
高橋の車が利沙の家の前で停まった。利沙は車から降りることなく、遊園地で会った男について話し始めた。
突然、男のVampが利沙の肩に手を置いたこと、
Vampは五感が鋭いから、その人に触れなくても人間かVampかすぐに見分けがつくこと、
恐ろしさのあまり、Vampに変貌してしまったことなどを……。
利沙はVampを避けていた。——人間に協力していることを他のVampに知られたら、命はないかもしれない。それどころか、両親にまで危険が及ぶだろうと……。つまり、他のVampに接触することは、利沙にとって恐怖そのものなのだ。Vampに変貌したのも、その恐怖心からだった。
「……私の本当の姿を見たでしょう。気を遣わなくてもいいのよ。息子さんに私を会わせるのも本当は怖いんでしょう。もう私に会いたくないなら、そう言ってくれれば……。」
「そんなこと思うわけがないだろう。君がVampだろうが、人間だろうが、俺は気にしない。」
「私は気にするの。Vampになった自分を認めることもできず、かといって人間に心を開くこともできない……。」
「だったら、俺に心を開いてくれ。」
高橋はそう言って、利沙の頬に優しく手を添えた。
二人は暫く見つめ合っていたが、利沙はおもむろに目を逸らし、頬に置かれた高橋の手を遠ざけた。そして、
「……ありがとう。」
と囁き、車を降りた。
《次回》
Vamp捜査課は、大量虐殺犯のジョージとルナに接近するが……。