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49.胸の内

 《前回のあらすじ》

 マットが利沙と涼介に別れを告げる……。

 【2050年 現在】


 利沙はマットおじさんではなく、僕の父を選んだ。だからおじさんに、行かないで……とは言えなかったんだと思う。マットおじさんとレイラさんを見送った利沙は、どんなに寂しかったか……。あの頃の幼い僕でさえも利沙の孤独を感じ取っていた。おじさんは利沙の気持ちに気づいていただろうか……。——いずれにしても、二人は異なる道を選択したのだ。


   *


「レイラさんとは、今も一緒にいるんですか?」

僕はマットおじさんに話しかけた。

「ああ、別々にいるときのほうがが多いが、この世界を変えるという志は一緒だからな。俺たちが離れる理由がない。」

マットおじさんは本を読むのをやめ、僕の質問に答えてくれた。


「そういうことじゃなくて、特別な関係なのか聞いているんです。」

「俺たちには時間がたっぷりある。お前たち人間とはちょっと感覚が違うっていうか……。」

おじさんは照れた様子で僕の顔をチラッと見た。そして、

「……ああ、特別な関係だ。」

と、素直に認めた。マットおじさんの幸せそうなはにかんだ顔を初めて見た気がした。


 おじさんは恥ずかしさを隠すように、僕のために夕食を運んできたルナに視線を移した。——Vampの耳はいい。ルナも僕たちの会話を聞いていたらしく、マットおじさんに向かって、

「お互い、今は幸せってことね。」

と、皮肉っぽく言った。

「……ああ。」

突然のルナの言葉に、マットおじさんは戸惑いながら反応したものの、助けを求めるように僕に視線を向けた。僕は面白がって、笑いながら首を横に振った。ルナとおじさんの関係は修復できると確信できたからだ。——だが、マットおじさんにいきなり関係を断たれた利沙の心境は……。


「マットおじさん、あれから利沙がどうなったか聞かないんですか?」

「お前が書いたこの本を読めば、利沙に何が起こったのか分かるんじゃないのか……。」

マットおじさんは手に持っている本を少し上げ、僕に見せた。


「利沙のことを聞くのが怖いんじゃないですか……? 

 利沙を残して旅立ったマットおじさんを責めたりはしません。ただ、僕一人で利沙の生涯を背負うには、荷が重すぎました。……おじさんが去ってからの利沙の様子について……聞いてもらえますか。 マットおじさんも気になっているはずです。」

マットおじさんは本をソファーの上に置き、再び僕を見た。


「マットおじさんが去ったあとも、利沙は必死に僕を育ててくれました。利沙にとって子育ては初めてだった。ましてや、Vampであることを隠しながらの子育ては大変だったはず……。

 近所と関係を持ちたがらない若いシングルマザーは、周りの人たちにどう見えていたのだろう……。問題に直面したとき、利沙は一人で解決してきた。どんなに不安だったろう……。今なら想像がつく。もっと利沙に寄り添うべきだった。

 利沙がVampじゃなかったら……、普通の人間だったら……、もっと甘えられていただろうか。——僕はどう利沙に接したらいいのか分からなかった。その分いつも利沙は淋しい思いをしていたはずだ。誰にも相談できず、頼ることもできずに……。

 子供だった僕は、どうすれば利沙を助けることができたのだろうか。」


「……涼介。」

マットおじさんは、彼に似合わない深刻な表情を浮かべた。

「僕を育てながら、利沙は気丈にVampたちと戦っていました。頑張れば頑張るほど、利沙の心がすり減っていった。事件も子育ても待ってはくれなかった。利沙の想いを軽視するかのように……。」


「利沙は全力で頑張るところがあるからな。誰も頑張っている人に、頑張るな……とは言わない。——お前が、利沙を止められなかったのは当然だ。」


「利沙は母から姉へと、歳を重ねるにつれ、僕との関係が変わっていきました。歳に合った役割を演じていたのです。しかし、利沙の心の中で、僕はずっと子供のままでした。子供の僕は利沙を助けることができなかった。ただ見ているだけで……。——父やマットおじさんならどうしていただろう……。

 全力で走り続けた利沙は、自分の限界を知らないまま、ある日、プツリと張りつめていた糸が切れてしまった。……マットおじさん、僕が抱いている思いは、もっと利沙に手を差し伸べることができたのではないかという後悔です。」


「こんな世の中だ。後悔は誰にだってあるさ。」

「……そうですね。利沙のこと、他の誰にも話せなくて……。」

人は、独りではない……と思える瞬間が必要だ。今日、マットおじさんがいてくれたお蔭で、そう思えた。同じ過去を体験した者だけが、僕の胸の内を理解してくれる。


「……利沙が最後に関わった事件は、僕が17歳のときでした。そろそろ、この本のクライマックスです。」

マットおじさんは僕の話を一通り聞いたあと、また本を開き、読み始めた。

 《次回》

 いよいよ最終章=第3章に入ります。第3章は50話~53話の全4話です。最期まで是非お楽しみください!——利沙、涼介の運命は如何に……。


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