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45.石川の父

 《前回のあらすじ》

 瑞穂医科大学病院で犯行に及んでいたいたVampたちを、Vamp捜査課のメンバーが始末した。

 マットを庇い、レイラが尾崎に撃たれてしまう……。

 瑞穂医科大学病院の事件から数日が経った。それと同様、レイラが重傷を負った尾崎の騒動からも数日が経つ。


  警視庁のラボでは、石川と紗綾が話をしていた。

「マットさん家でレイラさん、輸血をし続けているんだけど……、まだ意識が戻らないみたい。」

「かなりの出血だったらしい……。撃たれた場所が悪かったんでしょう。」


「ストックしてあった血液バッグも無くなりそうなのに、マットさんあの家から出ようとしないのよ。輸血用の血液をパパに頼みたくても、レイラさんの件は正式にうちが扱った事件でもないし……。ウルフの元リーダーの輸血用とはさすがに言えないと思うのよ。——石川さんのお父様に頼めないかしら……。」

「……。」

「石川さんは頼み辛いと思うから……、私がお願いしてこようかしら。石川さんが許可してくれるなら……。」

「僕は行きませんが……、いいですよ。血液バッグの入手は可能なはずです。人助けに力を貸してくれると思います。」

「そうよね。——じゃあ、これから私、瑞穂医科大学病院に行ってくる。パパには上手く言っておいてね。用事があって外出したとか、何とか……。」

紗綾は両手を合わせ、お願い……というポーズをすると、上着を着てラボを出ていった。


 急いで瑞穂医科大学病院に向かおうとしていた紗綾だったが、警視庁の入り口で、見覚えのある人物がいることに気づいた。紗綾は足を止め、驚きを隠せない様子でその人物に声を掛けた。


「……石川さんのお父様?」

今から会いにいこうとしていた、まさにその人が警視庁にいたのだ。しかも、石川の父親が息子の職場に来るなんて……。

「何か御用ですか? 石川さんならラボにいます。」

「先日はお世話になりました。これを皆さんに。」

石川の父親は、世にいる一般的な父親と何も変わらない様子で頭を下げると、彼女に菓子折りを渡した。そして、

「……少し、お話しできますか?」

と、付け加えた。


「ええ。私でよければ……。」

石川の父親に輸血用の血液バッグを頼みに行くところだった紗綾にとって、彼と話すことは何よりも優先すべきことだ。二人は、エントランスホールに置かれているソファーに腰かけた。


 僅かな沈黙のあと、

「一翔にも、私がお礼を言っていた……と伝えてもらえますか。」

石川の父親が口を開いた。

「お父様がご自身で言ってください。石川さんも喜びます。」

「……私は今まで、一翔に厳しい言葉を掛けてきた。あいつの顔を見てお礼を言ったところで、あいつが素直に受け止めてくれるかどうか……。」

「医者にならなかっただけで冷たく接した、お父様のせいもあると思います。」


「あいつは、自分の母親の話をしましたか?」

紗綾は石川の父親の予想外の言葉に、何も言い返せず、首を横に振った。


「一翔の母親は、あいつが大学生の時にVampに殺されたのです。

 私の帰りが遅かったため、夕食はいつも母親と一翔と二人で食べていました。その日は、夕飯の時間になっても帰らない母親を心配して、一翔は彼女がいつも行くスーパーまで探しに行ったそうです。

 家から100メートルほど離れた細い路地に、母親の身体が、野良猫の死骸のように無造作に転がっているのを一翔が見つけました。首からの出血で、Vampにやられたことは一目で分かったと話していました。一翔は母親に駆け寄り、大声で話し掛けましたが、もう既に息絶えていた彼女は目を覚ますことはありませんでした。

 あいつは母親の死をきっかけに変わってしまった……。笑わなくなり、自室のベッドで寝転んでいる時間が増えていきました。

 私は、以前の明るい一翔に戻って欲しかった。だから、余計あいつにうるさく、多くのことを押し付けてしまったのだろう。——あいつを、そっと見守るだけで、それだけで良かったのに……。」

石川の父親は思いつめた様子で、紗綾に胸の内を明かした。言葉を選びながらゆっくり語る姿は、妻の死について他人に初めて話したかのようなぎこちなさがあった。


 紗綾は、石川と彼の父親の心にくすぶっている蟠りの正体を見つけた気がした。

「お父様の気持ちを、いつか石川さんも理解してくれると思います。」

石川の父親は紗綾の発言に対して、何も返さなかった。その代わりに、彼が続けて話したことは、息子との関係についてだった。


「一翔は、母親を殺したVampを許せなかったのだろう……。私に医者にはならないことを告げ、Vampの研究をしたいと言い出したのです。

 私は、一翔もまたVampに殺されるのではないかと恐れました。あいつをVampから遠ざけようと、一翔には医者になって、私の病院を継いでくれ……と言いました。

 医者である私は、いつも冷静でいなければならないという使命感からか、感情を表に出すのが苦手で……。一翔には、そんな私の態度が冷淡に思えたのでしょう……。あいつとのすれ違いが徐々に大きくなっていきました。——母親がいない二人だけの世界では、互いに離れていく一方でした。」


 紗綾は、石川の父親が目に涙を浮かべ話している姿をじっと見つめていた。彼は自分なりに息子との関係を振り返り、分析しようと努力していたのだ。


「話を聞けて良かったです。私たちの仕事——Vamp相手の仕事は過酷です。石川さんも色々と大変な思いをしてきました。今の彼は、昔の石川さんとは違います。

 それに、警視庁の仲間は石川さんを温かく見守ってくれています。石川さんも心を開くようになってきました。——根は優しい人です。もう少し時間を置けば、お父様とも話ができるようになると思います。

 ……私は石川さんが好きです。お父様が石川さんと話したくなったら、いつでも言ってください。私が付き合います。」

紗綾はそう言って、自分の連絡先を渡した。石川親子の懸け橋になろうとしたのだ。


「あなたみたいな人が一翔のそばにいてくれて、安心しました。あいつをよろしくお願いします。」

石川の父親は紗綾に一礼した。紗綾も敬意を払いお辞儀をした。——話が一段落着いたと感じた紗綾が、顔を上げた途端、ここぞとばかりに話し始めた。

「お近づきになれたばかりですが……。お父様にお願いがあります。」


 紗綾はレイラに渡す血液バッグのことを忘れてはいなかった。慎重な物言いで、Vampの仲間のために輸血用の血液が必要であることを正直に話した。石川の父親は警視庁で働くVampたち——マットや本田に助けられたこともあり、Vampは全て悪……という先入観は消えていた。そのため、快く血液バッグの入手を承諾してくれた。


「ありがとうございます。」

紗綾がお礼を言うと、石川の父親は

「こちらこそ、時間を頂いてすみませんでした。」

と言い残し、警視庁を去っていった。紗綾は彼を見送ったあと、菓子折りを手に明るい表情で歩き出した。


 紗綾がラボに戻ったときには、昼休みはとうに過ぎていた。紗綾は昼食を食べ損ねていたが、石川の父親と話したことで、空腹を感じないほど感情が高ぶっていた。


「早かったね。父には会えましたか?」

石川も父親のことを気に掛けているようだった。

「石川さんのお父様が警視庁に訪ねてきていたの。私も驚いたわ。これから会いにいこうとしていたときだもの……。血液バッグの件はOKしてくれたわ。さすがお父様! 

 あと、これをお世話になった皆さんにって……。それと、一翔にお礼を言ってくれって言われたわ。……お父様と少し話したけど、石川さんが言っていたほど悪い人ではなさそうね。」

紗綾は菓子折りを石川に見せた。


「そうですか。」

素っ気ない返事だったが、石川の顔は穏やかだった。——父親がこの職場を訪れていたと聞き、自分の仕事を認めてくれたのかもしれない……と思えたのだ。


「相手の立場になって考えるっていう基本的なことが、狭い、狭い家の中ではできなくなるのよね~。」

紗綾が独り言のように呟いたあと、

「じゃあ、お父様が持ってきてくれたお菓子を、みんなに配ってくるわ。」

と、石川に言い残しラボを出ていった。石川は紗綾の姿を目で追いながら、はにかむように笑った。


   ☆


 マットの屋敷の一室に、輸血用の管を腕に挿入し、横たわっているレイラがいた。マットはレイラの手を握り、眠ったままのレイラの顔を長い間見つめていた。

 《次回》

 マットを庇い撃たれたレイラ、彼女の容態は……。

 

 次回エピソード《46話》は明日投稿します。お楽しみに!


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