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39.マットの報復

 《前回のあらすじ》

 誰しもが、高橋の死を受け入れるほかなかった……。 

 【2050年 現在】


 マットおじさんが読んでいた本を置いた。そして、

「あの時、雅史をVampにしていたら、利沙は今も笑っていただろうか? 俺には、雅史の意志を無視して、あいつの人生を決めることは出来なかった……。お前が、俺を恨んでも仕方ない。」

と、僕に話しかけた。


「あの時は、父を助けてくれなかったマットおじさんを恨みました。……一生許さないと思いました。」

僕は苦笑しながらマットおじさんを見た。父をVampに変えず、そのまま逝かせたことは、マットおじさんにとって苦渋の決断だったはずだ。


「でも、今ならマットおじさんの行動が理解できます。立場が違えば人の思いも変わってくる。一方的な正しさは何の意味もなさないことを……。そして、マットおじさんのあの時の思いも、僕は理解しているつもりです。」


   *


 父は僕を残して、死を選んだ。——人間としての命の大切さを伝えたかったのか、Vampになった自分を見せたくなかったのか……。今となっては父の意志を知ることはできない。ただ、父はVampにはならない……と決めていたのだ。

 もし僕が今、迷っていることを知ったら、父は何と言うだろう。やめておけ……と言うだろうか、それとも、自分で決めろ……と言うだろうか……。ルナのためにどうすべきか? 僕はどうしたいいのか?


 Vampになって生きることより死を選んだ父を、利沙はどう思っていただろう。自分を否定された……と思っていたのか、自分と同じ辛く苦しい体験をさせたくない……と思っていたのか……。マットおじさんが言うように、どんな姿でも父が生きていたら、今も快活な利沙の姿を見ることができただろう。


 ——答えが見つからない。……いずれにしても、父の死で僕を取り巻くすべてが変わった。


   *   


「父の仇を討ってくれたのですね。」

「ああ、レイラがウルフの行きそうな場所を知っていたから、すぐに雅史を殺した奴を見つけ出せた。残存するウルフのメンバーがつるんでいるところを、レイラと俺とで乗り込んでいった。ウルフの連中は、俺らの不意打ちをかわすことはできなかった。

 Vamp同士の戦いは想像つくだろう。怒りに任せ攻め入った俺は、人間性の欠片もない凶暴なVampそのものだった。奴らを手当たり次第殺したあと、高橋を殺したVampだけは生かして、身動きできないように鎖で縛り上げた。このまま死に追いやるのは手ぬるいと思った。石川の研究対象にして、苦しみ抜くところを見物してやろうと……。

 だがその時、突然利沙が現れた。そして、捕まえたVampめがけて銃を放った。銃弾はVampの頭を貫き、雅史を殺したVampは一撃でくたばったってわけさ。——利沙は、俺とレイラを尾行していたらしい。自分の手で、雅史の仇を討ちたかったのだろう。

 ……エリカが死んだとき、復讐は負の連鎖だと思った。だが、俺らには復讐しない……という選択肢はなかった。」

あの時の憎しみが蘇ってきたのだろう。マットおじさんの顔には血管が浮かび上がり、金色の目が光っていた。


「僕は感謝しています。身に降りかかった全てのことを、素直に受け入れるなんてできません。そんなに人間は万能ではありませんから……。」

マットおじさんは黙ったまま、僕の顔を見た。おじさんの金色に光る目は、人間とは違う生き物だと思わせた。——僕は一瞬恐怖を感じ、慌てて話題を変えた。


「あのような悲惨な事件が起らないように、石川さんと紗綾さんは、今も二人で研究を続けています。本田さんも、警視庁で働いていて、昔のマットさんのように、Vamp捜査課で働くことは宿命だ……と言っています。」

警視庁で共に働いていた昔の仲間たちの様子を聞き、マットおじさんはここに訪ねてきた時と同じ穏やかな顔に戻っていった。


「父の葬儀は、警視庁の皆さんが参列してくださって、子供ながらに、父が慕われていたと分かりました。僕も父のような人間になろう……と決意したことを覚えています。」

「ああ、雅史は誰もが信頼する人物だった。いろいろあったが、あの頃、雅史や利沙たちと仕事をするのが楽しかった……。」

「みんなの楽しそうな姿は、僕も記憶にあります。」


「雅史の死後、利沙は雅史が残していった涼介を立派に育てる……と言っていたんだ。」

「はい、利沙は自慢の母でした。綺麗な上に若かったので……。」

僕は笑顔で答えた。

「……できることなら、また雅史と利沙に会いたいな。」

マットおじさんは懐かしそうに呟くと、また本を開いた。


   *


 父と利沙、二人がいた頃の記憶は、僕にとっても、マットおじさんにとっても大切な想い出だ。その想い出は、今も僕たちの生きる道を照らし、導いてくれている。



 【2033年 過去】


 警視庁本部庁舎に高橋の遺影写真が飾られ、その周りには彼の人望を表すように多く花束が添えられていた。遺影を見るたび、誰もが大事な存在を失ったことに悔しさを感じていた。


「大丈夫か?」

マットが高橋の写真を見つめている利沙に近寄り、声を掛けた。利沙は憔悴しきった表情でマットを見た。

「……もう少し、時間が必要かも。」

高橋は利沙がVampだと知りながら、彼女を温かく広い心で受け止めていた。そんな優しい高橋はもういない。利沙には耐えられない現実だった。


 マットは利沙の辛さを十分理解した上で、涼介のことも気になっていた。

「涼介はどうしている? 雅史が残していったあいつを守ることが、俺たちの役目だ。困ったことがあったら、俺が力になる。」

「ありがとう。……涼介君、あの人が亡くなってから、ずっと寂しそうにしているわ。いつも強がっていた涼介君がしょんぼりしている姿を見るの、とても辛くて……。」

「とことん悲しむことが、今の涼介には必要だ。」

「そうね。」

利沙は、涼介がいることで辛うじて自分を保っていた。


 そこへ、石川が花束を持って現れた。彼は神妙な面持ちでその花束を置き、遺影を見つめた。

「お前のせいじゃない。思いつめるな。」

マットはそう言うと、石川の肩に手を置いた。高橋の死後、石川は彼の象徴とも言える横柄な態度を誰にも見せていなかった。

「……すみません。」

石川は利沙に謝罪した。利沙は、何も言わず首を横に振った。

「さあ、仕事に取り掛かろう。」

重たい空気を一新しようと、マットが二人に言った。そして、利沙の背中をポンポンと軽く叩いたあと、石川の肩に手を回し、彼と共にラボに入っていった。



 マットは自分たちの他に誰もいないことを確認すると、ラボの戸を閉めた。そして、唐突に石川に話しかけた。

「薬入りの銃弾を多めにくれないか。」

 《次回》

 マットが、Vampの特殊能力を奪う薬が入った銃弾を欲しがる理由が明らかに……。

 

 次回エピソード《40話》は明日投稿します。お楽しみに!

 

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