21.疑念
《前回のあらすじ》
【2032年 過去】
利沙の家でVampの少女——エリカを匿うことになる。その利沙の家をじっと見つめる人影が……。
利沙がいつものように警視庁へ向かうと、マットが待ち構えていた。
「あの子、大丈夫か?」
「大丈夫。今、両親が見ているわ。」
「用心しろよ。相手はVampだからな。」
「あの子、危険な感じはしないわ。——名前はエリカですって。エリカちゃんが、私達に心を開いてくれるといいんだけれど……。」
「時間がかかるだろうな。俺たちだって、他人に心を許すのは簡単じゃなかったし……。それに、エリカをいつまでも利沙の両親に任せておくわけにはいかない。これからどうするか……。」
「一緒に考えましょう。」
「おう。……助かるよ。」
二人はエリカが凶暴なVampではないと、心の何処かで信じていた。それが間違いであるとしたら……。
エリカと暮し始めた利沙は、高橋の家に行けない日々が続いていた。警視庁でも、高橋と話す時間よりも、エリカのことでマットと話す時間が増えていたのだ。
「最近、マットさんと利沙さん、よく一緒にいますね。仲いいですよね。高橋さんも利沙さんを取られないようにプッシュしないと……。」
少し距離を置いてマットと利沙の様子を覗っていた本田が、ニヤニヤしながら高橋に話しかけた。
「人の心配より自分の心配をしろ! ハーブティーは飲んだのか?」
本田にローズマリーが効かないことは薄々分かっていたが、痛いところを突かれた高橋が、思わず発した一言だった。
「あっ、いけない!」
本田は慌ててハーブティーを飲みにいった。
高橋は本田の背中を見ながら、マットと一度、利沙のことで真剣に話し合うべきかもしれない……と考えていた。そこで、マットを探し、意を決したかのように話しかけた。
「マット、帰りに俺の家に寄って行かないか? 話しておきたいことがあるんだ。」
マットはエリカのことがばれたのかと焦ったが、すぐに冷静を装った。しかし、瞬時に返す言葉が出てこなかった。
「まあ、たまにはいいだろう。」
高橋が何も言わないマットの肩を軽く叩いて言った。
☆
二人が高橋の家に着くと、留守番をしていた涼介が玄関まで迎えに出てきた。
「お帰り。マットおじさんも一緒なんだ。」
「よお! 涼介。」
マットが涼介の頭を撫でると、条件反射のように涼介が首を縮めた。
「パパはマットおじさんと話があるから、涼介は自分の部屋に行ってなさい。」
高橋は、家ではなるべく涼介との会話を大事にしようと心掛けていたが、今日は例外だった。
「は~い。」
つまらなさそうに涼介が返事をした。
高橋は涼介が自分の部屋に行くのを見届けると、マットをリビングのソファーに座らせた。そして、
「最近、どうだ? あれから気持ちは落ち着いたか? お前が荒れていた理由を全て話せとは言わないが、俺が力になれることがあったら言ってくれ。」
と、マットに話しかけた。
「あの時、お前が止めてくれなかったら、Vampの本能のままに流されていたかもしれない。感謝してるよ。」
マットはVamp殺しを、愚かな行為だったと冷静に受け止めていた。
「お前は凶暴なVampとは違う。俺が止めなくても、自分自身の力で留まっていたさ。」
「……俺はもう大丈夫だ。」
マットは、そう言うしかなかった。自分を信じてくれる高橋に隠し事はしたくなかったが、エリカの存在に気づいていないのなら、無理に言うことはない……と考えていたからだ。これ以上高橋には迷惑を掛けたくはなかった。
「そうか。だったら良かった……。」
その後、お互いの心を探るような沈黙が暫く続いた……。
高橋がマットを家に呼んだのには、他にも理由があった。利沙のことだ。
「……利沙のこと、好きなのか?」
高橋の言葉が静寂の中に浮かび上がった。その声は小さかったが、マットには確実に聞こえた。
利沙への思いを聞かれるとは予想外だった。その上、いつにない様子で問う高橋に圧倒されたのは間違いなかった。
「……俺が愛していると言ったら、お前は利沙から手を引くのか?」
高橋はマットの質問を自分の心に問いかけたが、返す言葉が見つからなかった。
「俺と利沙は、同士なんだ。」
マットが話を続けた。
「Vampである俺と利沙は、お前には理解できないことも分かり合える。それは揺らぐことのない事実だ。しかし、俺はお前と利沙の仲を邪魔しようとは思っていない。……心配するな。」
マットの本心だった。
「分かった。俺に隠し事は無いな。」
高橋の言葉を聞き、真っ先にエリカのことが頭に浮かんだ。マットは負い目を感じながらも、
「ああ、問題無し。」
と言い切った。
マットが『問題無し』と言っているのに、これ以上問いただすのは高橋の美学に反する。高橋のプライドだ。
「……分かった。時間を使わせたな。」
「気にするな。お前の話なら、いつでも聞くぜ。」
マットはVampになって以来、誰にも胸中を明かさなくなった。そして、そんな自分に慣れてしまっていた。だから今まで、隠し事があるからといって、罪悪感を抱くことはなかった。しかし、たった今、高橋を目の前にして、マットの心は揺らいでいた。
外は陽射し除けのコートを着なくていいほど暗くなっていた。高橋の家を出たマットは、エリカのことを伝えなかった後ろめたさから、少し歩いた所で立ち止まり、彼の家を眺め見た。
「マットおじさん、ちょっと待って!」
と言いながら、走って来る涼介に気がついた。慌ててマットのあとを追ってきたため、上着を着ていない。マットは涼介に近寄り、
「どうした? もう遅いぞ。子供がうろつく時間じゃない。」
と言ったものの、涼介のすがるような目を見て、
「……何かあったのか?」
と聞き直した。
「利沙のことだけど……。おじさんは、利沙が変だと思ったことない?」
「涼介は、利沙が変だと思うのか?」
マットはそう返しながらも、——利沙は高橋の家に泊まりに行くほど親密な仲だ。涼介がVampである利沙の言動に疑問を抱くのは不思議ではない……と、マットは直感的に、これから涼介が話すことを理解していた。
《次回》
疑念を抱いた涼介に、マットはどう対処するのか………。
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次回エピソード《22話》は明日投稿します。




