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01.Vampと呼ばれし人々

 2029年、癌が治癒できるとして最先端ゲノム治療が行われていた。皮肉なことに、その治療で人々はVamp(バンプ)と呼ばれる魔物に変貌してしまう。ヴァンパイアのように、人間の血を喰らい、身体能力に長け、不老不死になるのだ……。

 



  第1章


【2050年 現在】


 血液バッグをくわえた男が路地を歩いている。ステップを踏んでいるかのように軽やかな足取りだ。歳は20代後半、今の季節——初秋に似合わないロングコートを身にまとい、ブーツを履き、黒い革の手袋をしている。フードを深く被っており、男の顔を覗うことはできない。


 男は血液バッグを飲み干し、空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。その瞬間、男の眼に子供を両手に抱え怯えている女の姿が映った。二人は身動きできず、男を凝視していた。


「やべっ! 見られた!」

男はその親子の前に立ち、フードの奥から怪しく光る金色の眼で呟いた。

「今見たことは忘れるんだ。俺の存在も……。」


 男のその言葉で、親子は何事も無かったかのように柔らかな表情を浮かべ去って行った。男は苦笑して、Bye・bye……と言いたげに手を振り、再び軽やかに歩きだした。そして、二つの路地へと続く分岐点に建つ、レンガ造りの家の前で立ち止まった。


   *


 男は鍵がかかっていないことを確かめると、玄関に入り、深く被ったフードを脱いだ。ヨーロッパ系とアジア系のハーフだろうか、まるで絵に描いたような美しい顔が露わになった。


「こんちわ~! 涼介、居るか? 約束通り会いに来たぞ~。涼介!」

「はい、どなたで……。マットおじさん……?」

「よっ! りょうちゅけ~、元気だったか? マットおじさんでちゅよ~。」

見た目は同じ歳——アラサー男の頭を撫でながら、おどけた様子で挨拶をした。


「もう、そんな言い方やめてください。」

「ガキのお前に、ピッタリじゃないか。」

「僕を幾つだと思っているんですか。」

「俺から見たら、お前は生まれたての赤ちゃんのようなもんだ。」

「そうかもしれませんが……。」


 マットは涼介をまじまじと見つめ、

「……大きくなったな、りょ・う・す・け!」

と、懐かしそうに言った。


「突然訪ねてくるなんて、びっくりですよ。……でも、マットおじさんに会えて嬉しいです。……時々、父や利沙、マットおじさんがいた頃のことを思い出します。」

「俺だって……。」

一瞬、真顔になったマットだったが、

「お前が面白い本を書いたって聞いてさ。買ってきたぞっていうか、貰ってきた。暗示で……。ええと~題名は……、『僕の愛しいvamp(バンプ)』——ここで読ませてもらおうと思ってさ。」

と言って、ウインクをした。


「荷物の整理をしていたときに父の日記を見つけて……。あの頃、命懸けで戦っていたみんなのことを小説にしようと思ったんです。是非、読んで感想を聞かせてください。」


 涼介はマットを家に上げた。

「……引っ越したのか。」

「いいえ、ここは仕事場です。物書きを、フリーライターってやつをしています。仕事場があったほうが集中できるし、あの家で仕事をするには思い出が多すぎて……。マットおじさんと会うのは、16、17年ぶりですかね。」

「そんなになるか……。」


 マットは促されるまま、仕事部屋のソファーに座った。涼介は小窓から夕陽がもれているのに気付き、慌ててカーテンを引いた。「サンキュー!」というような笑みを浮かべ、マットは着ていたロングコートを脱いだ。

「……早速、読ませてもらうか。」

マットは神聖なものを触るかのような手つきで丁寧に本を開き、読み始めた。


   *


 僕は無造作に脱ぎ捨てられているマットおじさんのコートをハンガーにかけた。そして、締め切り間近の原稿が映ったパソコンを退かし、仕事机に腰掛けて本を読むマットおじさんを暫く眺めていた。

 人間らしさを失っていないおじさんに昔と同じ親しみを感じると同時に、大人に頼っていた子供の頃の絶対的な安心感を思い出していた。



【2029年 過去】


 世界中でVamp(バンプ)と呼ばれる魔物が存在していた。Vampたちはコミュニティーを形成し、互いに助け合って暮らしていたが、近年、海外で人を襲うVampが増加していた。


 Vampとは、最先端のゲノム治療を受けた人々のことだ。癌患者のゲノムを調べ最適な治療方法を見つけ出す一方で、体内から免疫細胞を採取してDNA操作をし、攻撃力を高めて癌を完治させようとしたのだ。癌が治癒するとあって、患者たちは挙って最先端ゲノム治療を受けた。


 その結果、人々に変化が起き始めた。まるでヴァンパイアのように犬歯が伸び、血を喰らい、太陽光を嫌うようになったのだ。身体能力も飛躍的に向上した。さらに驚くべきことに、この治療を受けた人々は歳を取らなくなっていた。


 当初は、ゲノム治療が原因だと証明できずにいたが、最先端ゲノム治療が主流になって2年経った頃には、この治療が原因であると明らかになった。マスコミは、『最新のゲノム治療を受けた患者たちがヴァンパイア化している』と報道した。また、『事実解明の遅れがVampを増やしてしまった』と、取り返しのつかない現状をも語っていた。


 暫くして、ヴァンパイア化した人間たちはVamp(バンプ)と呼ばれるようになっていった。


『最先端ゲノム治療は危険である』とわかってからは、その治療は公には中止されが、命を繋げたいという人々の望みは捨てきれず、闇治療が続けられていた。


 さらに悪いことに、暫くしてから、Vampの血を体内に入れることで人間がVampに変わってしまうという現象が確認されたのだ。


 Vampは情や理性といった人間性を自らの意思で絶ち切れるため、一部のVampは凶暴化していった。生き血の欲求に耐えきれず、人間らしい感情を捨ててしまうのだ。血を求めて人を襲う——Vampによる殺人事件が増加するにつれて、海外ではVamp狩りの特殊部隊が設置された。

 

 数年前、海外で最先端ゲノム治療が認可された頃、日本国内ではその治療に踏み切れずにいた。暫くは医療の遅れが功を奏していたが、海外での警備が厳しくなるにつれ、欧米などから日本へ移り住もうとするVampが現れ始めた。


 最先端ゲノム治療が行われなかった日本では、海外からのVampの侵入を防ごうと水際対策の徹底を図った。また、日本警察も対応に追われ、警視庁では部長指揮の元、Vamp捜査課、特殊急襲部隊、Vampの身体を研究するラボが設置された。


 ————間もなく、日本でもVampの事件を耳にするようになる。————

 この小説は、涼介とマットとの会話【2050年 現在】と、二人の回想【2029年~】の入れ子構造で話が続いていきます。

 第2話は明日投稿します。お楽しみに!

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