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第44章

ある種の人々にとって人生はモノクロである。白と黒で出来ているということだ。

人生の前半は後半に比べて長い。感じ方が長い。それは黒で出来ているかのようである。

様々な苦難は最初に起こるべきして起こり後半ではそれを回想するように螺旋を形成する。黒がまさしく苦路であるのは色が入り込む余地がないように天からの差配が入るためである。

後半は白であるがある種の人々は適応によって苦難を乗り越えるのでありここにも色は入りこまないことが多い。色とは色欲がほとんどである。吾輩などは去勢をしているために一切色欲がない。

去勢にせよ臨死にせよそれによって黒は白に変わる。まさしく死路である。しかしそれだけで終わるといえば終わる話であり死路という言葉から劇的な異常事態の年月かと言えばそうではない。一回または二回の話である。

死路の時代のおもしろいところはまさしく「しろ!」ということなのである。何々しろ!。人生の目的に関する行動の指針によって一者は救われていく。まるでエコノミックな話である。経済的に彼らは力を経ていく。

弥勒菩薩の話をしたい。

彼らの言葉ではマイトレーヤである。これはマイティー(全能)を意味するだけかと思いきやここに魔術的意味が含まれていた。

「米取れや」自分で稼げという意味に通じる。現代も現代で覚者にとってもみなと同じ社会で生きる。ということは経済は避けられず同じ土俵で戦うことができるようにどんな境遇でも救われるようにプログラムされているようである。


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