第42章
暦は今でも昔でも機能している。元々は王権に深く関わってきたのが暦だ。王は積極的に暦を利用してきた。暦の良いところは人民と王との連携を促す効果がやはりあるようだ。
時計で考えれば時計回りが人民の動きつまりは労働である。反時計回りは王の学びやコミニケーションを意味する。この2つが合わさって社会という歯車が上手く回っていく。
これは丁度機械運動のようである。歯車はギアのようで連携して大きな動き潮流を生み出すことができる。
暦はalmanacである。これはすなわち王における全て(all)+manac(学びとコミニケーション)で出来上がっており王の存在があるということは社会に安心を生み技術開発が楽になる傾向が読み取れるのである。
更に面白いことに「こよみ」という言葉には来い世身という魔術的価値が見いだせてそれは王の身に世という時代を呼び寄せる原理である。
前にも言ったことであるが「もどき」というものも時代の一種でありそれは何々もという「も」+時でモドキでありモドキも時代の一形態である。王は神のモドキであるのでおそらく人ではない。彼らは王権神授説に代表されるように人を離れている。来世身を使い神事を司ることは時代を作り出し社会を安定させるようなものだ。
王の反時計回りのこのギアの動きは山手と呼ばれ制御が効けば有益である。
社会という歯車を動かすことにおいて王権とそれに内包される暦は人民を統制し支配する霊権の意思が隠されている。




