第41章
少し細かな話をしたい。いずれも「は」に関わる世界である。
仏教において神聖な存在と考えられている植物は蓮だがこれは現在においても変わらずそのままである。この世界は衆生と人が関係しあって生きているのであって衆生の乗り物として蓮は神聖である。あるいは仏の乗り物として蓮は神聖である。つまりは住んでいるというイメージだろう。衆生と人を結ぶのが言葉というものでありこれは木で言う葉のことである。蓮は言葉を住まわして「はす」という訳である。葉住。
国連において平和の象徴として語り継がれているのは鳩である。これもまた「は」の言葉である。動物に貴賤の差はなく皆等しい。動物をランク付けしたり珍しがったりするのは人間の側である。鳩はどこにでも見られるからといって心を動かさないのは勿体ないことである。現代において最も一般的で都市にも普通に適応しているのはこの生き物鳩であろう。それは猫や犬のように飼いならされるやり方ではなくて自然のものでここまで人間社会に溶け込んでいるという意味においてだ。鳩は平和の象徴だが衆生の遣いであるともいえる。衆生という存在が人間とともに生きるあり方の一つとして鳩がいる。
「は」つまり葉が何々「と」という意味で「言葉と」解する事ができる。都市に多かったりするのが鳩であってまるで人間社会に臨在するかのような関わり方で我々は言葉というギフトが与えられているようだ。
衆生と人を結ぶのは言葉であるというのは彼らは某である。天と地を結ぶためには橋が架けられる。この橋という構造物もまた「は」の言葉である。葉を結ぶ此到達点としての此岸。これらは我々を死して橋を渡らせ天へと結ぶ現象でもある。




