第36章
パイサリートを後にしたアレフだったが気分は晴れなかった。しかし縁のようなものだけは感じていた。自分はまたここに来る必要がある。なぜかそう思っていた。
拠点に戻ったアレフは手紙が届いていることに気づいた。宛先はイルミだった。1個上のアレフの兄でオーガッツにいた頃よく遊んでいたのを思い出す。手紙には他愛もないことが書いてあった。元気か?そっちはどうだ?旅は楽しいか?などだった。すぐに返信がしたくなり郵便をしている種族を探し始めた。このあたりで郵便をしているのは魔女だった。魔女を見つけたアレフは手紙を出し魔女はそれを受け取り去っていた。魔女といっても様々で郵便をしているような魔女は決まって見習い魔女だと決まっている。やけに畏まる魔女だと思ったらおそらくアレフより年下だろうと推測がついた。アレフの年齢は16歳なのでそれ以下ということだとかなり小さい頃から働いているということになり。アレフも今回の成長の旅を頑張ろうと思えた。何せこの世界では小さい頃から研鑽を積む種族で溢れているからだ。そんな上昇志向の気持ちでいると先程まで感じていた気分が晴れない気持ちも回復してきたのだった。
正午を過ぎるとリチアのことを思いだした。そろそろ連絡を取りたいところだった。置いてある雑誌を見るとこの国では水晶を使った遠隔通信が出来ると書いてある。
実に興味深い。しかし料金がかかるようだし天気は午後から嵐が来ると予報されていたため明日以降水晶部屋を訪れることに決めた。リチアに連絡を取るのはそこからだ。
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昆虫の世界で見られる群生相と孤独相。これはそのまま人間社会にも適応される。群生相を取れば安定が手に入る。繁栄も同じことだ。群れで生活し共同することで危険からも回避される。一方技術革新や指導者の誕生を願う心理から孤独相はある程度必要とされる。芸術家や宗教指導者にとっては一人で群れから離れることで深い瞑想やアイデアが浮かぶということは知られていることである。彼らは好んで孤立の道を歩むことで人類は刷新されてきた。孤独相を選ぶ人種においては如何に独創的かという視点と他人から模倣することもなかなか必要とされるようである。
この模倣に視点を絞ればこれは終わりのチカラであると言うことができる。随分長い間終わりという言葉の意味を間違えていたようである。この終わりとはすなわち習うということである。なにかを学ぶ際それは完成される必要があるわけであるが完成されれば終わりである。完成は終わりと常に併存して存在している。例えば神の全能は知覚の範囲での全能を意味しているだろうが分野で能力を行使する際、習いなしには物事は完成しない。完成は終わりと同じことであるため終わり(しゅう)は習と同じことである。




